139話 帝都革命戦 5
「さて、九九番。相手をしてもらいますよ」
「そうはさせないぜ?」
始めに動いたのはロディオンだった。マリーへと剣を振り下ろすが、それを飛び出してきたキール様に受け止められる。
ロディオンはキール様を睨み付けた。
「……貴方はお呼びではないのですが?」
「そうか? オレはアンタと戦えて嬉しいけど……マリーと一緒にな!」
キール様が爽やかな笑顔見せた瞬間、ロディオンへマリーの放った無数の刃が流星のように降り注いだ。
ロディオンはキール様から距離を取ることで、それらを躱す。
「生憎、私は貴方のくだらない感傷に付き合うつもりはありません。この獅子との共闘も……今では悪くないと思っていますので」
「未熟者二人で俺が止められるとでも? 俺も一人ではないんですよ。あのお嬢様を、俺たちの後輩が殺す方が早いです」
「お嬢様はオルコット公爵家と私が鍛え上げたのですよ。そう簡単にやられません。私が貴方を倒してからでも間に合います」
「強がりですね」
ロディオンは再び踏み込むと、キール様を蹴りつけて、マリーへ重い斬撃を振り下ろす。
マリーとキール様の動きが鈍ったのを合図に、少年少女たちが手にナイフを持ってエドワードとアヴローラ第四皇女へと襲いかかる。
だが、咄嗟にモニカが投げた玉が弾けた瞬間――そこは地獄絵図と化した。
「けほっ……痛いよ、痛い、目が開けられないよ……」
「鼻が口が……痛い、辛いっ、助けて導師様……!」
赤黒い煙幕を吸った少年たちは、大粒の涙を零しながら地面を這いずった。
モニカはその様子を見ながら、少年たちに一撃を入れて昏倒させていく。
「濃縮した唐辛子エキスと胡椒がたっぷり入った、天然素材の特別製です。手加減はしましたよ!」
無事だった少年たちは、味方の惨状を見て攻撃を尻込みする。その間にエドワードとアヴローラ第四皇女は、モニカと共にわたしたちの元へ合流した。
「……さすがモニカ。わたしの侍女だわ……」
「そんな、ジュリアンナ様! 照れちゃいます」
頬を年頃の乙女らしく赤く染めたモニカに、わたしは二の句が継げない。
(……本当にえげつない。戦闘能力を身につけたのはいいけれど、予想と違うところへ落ち着いたわね……)
ただそっと心の中でモニカの将来を心配しておいた。
「何をしているのだ! 聖女を殺せ。神の意志を砕け!」
導師グスターヴの怒号が飛ぶと、少年たちは機械仕掛けの人形のように規則的な動きでこちらへと攻撃を仕掛けた。
わたしとエドワードは剣を構えて、正面から少年たちと相対する。
「悪いけど、わたしはモニカと違って手加減をしてあげられそうにないわ!」
斬りかかってきた少女の得物に、思い切り剣を叩きつけた。
手が痺れて得物から手を離した少女は咄嗟に仲間の後ろに下がろうとするが、わたしは構わず突っ込んで剣の柄で少女の腹を殴る。
それと同時に他の少年たちが刃を振り下ろすが、わたしは回避もせずに薄く笑った。
「悪いが、ジュリアンナを殺させる訳にはいかない。大人しくしていろ」
エドワードは腕力の差を生かし、剣で少年たちの刃を弾いて後ろへ回避させた。
わたしとエドワードは背中合わせで剣を構え、十人近い少年たちと相対する。
(……灰猫とモニカも攻撃に加わって欲しいけれど、そうするとアヴローラ第四皇女とテオとカルディアへの攻撃の隙を与えてしまう。どうにか、わたしとエドワードで食い止めなければ)
マリーとキール様は、ロディオンと息つく暇もない熾烈な戦いを繰り広げていた。剣と剣が常に打ち合い、時折マリーの放つ黒の刃が放物線を描く。一進一退の攻防だ。とてもじゃないが、こちらへ気を配る余裕はないだろう。
わたしは今にもこちらへ飛び出してきそうなモニカを、目線で制すと暗殺者の少年たちへ向き合う。
(技量はわたしと同等かそれ以上。でも数は圧倒的にこの子たちが上。……厳しいわ。でも、やらなくては。ここまできたのだから……!)
革命政府の樹立――ローランズ王国の悲願達成まで、もうすぐそこまできている。
負ける訳にはいかない。なんとしてもアヴローラ第四皇女を守り切り、自分たちも生き残らなければ。
「金髪のお姫さま。もう諦めた方がいいよ? 銀髪の王子さまと仲良く楽園へ行こ!」
そう言って斬りつけてきた少年は、がらんどうな目をしていたが、口角だけは上がっていた。
少年に続き、少女たちも死を祝福するような言葉を紡ぎながら、連携した攻撃を繰り出す。
「チッ、油断すると持って行かれるな」
エドワードは荒々しく吐き捨てると、蹴り技を繰り出す。
少年たちは深追いせず、入れ替わり攻撃を加えてわたしたちを徐々に弱らせていく作戦に出たようだ。
それは効果覿面で、わたしたちを飛び越えて、灰猫とモニカのところまで少年たちが攻撃している。
「ねえ、そろそろいいでしょう? 先に楽園へ逝ってよ」
無邪気な言葉と共に、少年たちが暗器を一斉にわたしとエドワードへ放った。
「……くっ、捌ききれない」
なんとか大きな怪我を避けて暗器を弾くが、少年たちがすでに第二撃を放とうとしていた。
剣を構えた腕を眼前で組み、どうにか防御しようにと構えると、少年たちへ一本の矢が放たれる。
「あーあ。私にとって弓は、予告状を貴族の家に投げ込むために磨いた技術なんだけどね」
「文句を言わずに援護しろ、イヴァン。……間に合ってよかったよ」
聞き慣れた声に驚き、わたしは振り向く。
「ヴィー、どうしてここに……?」
少し離れた場所には、宮殿にいるはずのイヴァンとヴィンセントがいた。
「もちろん、姉さんを助けるためだよ。僕は姉さんの騎士だから」
ヴィンセントはわたしへ親愛の笑みを浮かべる。
今度はアヴローラ第四皇女たちへ攻撃をしかけている少年たちへ、イヴァンが弓を引く。
すると、数人の少年たちがイヴァンを叩くために駆けだした。
「悪いが、誰であろうと……僕の大事な姉さんの命を狙うなら手加減は一切しない」
ヴィンセントは向かってきた少年たちへ、迷いのない斬撃を繰り出した。