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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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138話 帝都革命戦 4


 テオドールとカルディアの叫びを間近で聞いたからか、耳が痛い。

 わたしは腰に差していた細身の剣を抜くと、テオドールとカルディアを後ろに庇って敵に向けて構えた。



「ジュリアンナ、怪我はないか?」


「大丈夫よ、エドワード! テオもカルディアも傷一つないわ」



 わたしはエドワードに無事を知らせると、彼の様子を窺う。

 エドワードも怪我はしていないようで、既に剣を構えている。アヴローラ第四皇女とモニカも一緒にジリジリとこちらへ後退していた。



(……わたしを含めて、足手纏いは一カ所に固まっていた方だ守りやすいものね)



 すでに護衛のキール様とマリーは武器を構えて、敵の前に立っていた。

 灰猫は雇い主のカルディアを守るため、わたしの隣で暗器を構える。



「……俺たちにギリギリまで気づかれないなんて、化物揃いだねぇ」



 普段の飄々とした態度はなりを潜め、灰猫は殺気を高めていく。



「敵だというのに、こんな後方まで侵入を許すなんて気の抜けていた証拠ね」


「お嬢さまは悪くないよ。だってほら、アイツら一般人に紛れてここまで来た卑怯者だから。子どもばっかり……まあ、二人ほど嫌な目つきの大人がいるけど」



 敵は平民服を着た少年少女が十名ほど。それに加えて、勲章をたくさんぶら下げた頬に傷がある軍人に、杖をついた中年の聖職者が一人ずつ。

 彼らはハイキングをするような気軽さでこちらを指さした。



「見て、導師さま! 魔女をみつけたよ」


「銀髪の王子さまと金髪のお姫さまもいる!」


「あれ? 魔女よりも黒い服を着たお姉さんもいるよ。どっちが本物なんだろう?」


「どっちも殺してしまえば同じだよ!」



 見た目よりも幼さを感じる言葉遣いで、彼らははしゃぎ出す。その異様な雰囲気に、わたしはギリギリと奥歯を噛みしめた。



(……あの子たちが、ディアギレフ帝国の孤児院で洗脳されて壊された子どもたち……!)



 彼らは導師グスターヴの欲に振り回されて壊れた……完成された手駒。そしてマリーの未来だったかもしれない姿だ。

 


「これ、はしゃいではいけませんぞ。ご挨拶が終わるまでは静かにしていなさい」



 聖職者は少年少女を窘めると、こちらへ恭しく礼を取った。



「お久しぶりですな、アヴローラ第四皇女。初めまして、エドワード第二王子。そして、ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢。他の者の名も知りたいところですが、今はいいでしょう。我の名はグスターヴ。元セラフィム皇帝の主治医にして、神に仕える僕です」


「よくもぬけぬけと……この簒奪者が……!」



 アヴローラ第四皇女は耐えきれず、普段の淑やかさを捨てて叫ぶ。

 しかし、導師グスターヴは気にすることなく、穏やかな笑みを浮かべる。

 


「貴方には感謝しております。こうして聖女となり、我が神に至るための踏み台となってくれたのですから」


「貴様は何を言っている……?」


「神は我を見ておられる! だからこの国を、世界を滅ぼそうとする我に、試練を与えた。貴女がこうして皇帝を殺すために立ち上がり、我を追い詰めた。ならば聖女の死をもって、我の意思を神に伝えるのみ……!」


「導師殿。独自の宗教論に、皆さん困惑していますよ」



 そう言って、導師グスターヴを守るように軍人の男が剣を抜いた。

 そして、ニッコリとマリーに笑いかける。



「また会いましたね、九九番。随分と勇ましい気迫に満ちていますが、俺が抉った腹の傷の具合はどうですか?」


「お気になさらず、ロディオン。こんなの掠り傷ですから」


(……やはり、あの傷の男がディアギレフ帝国最強の軍人……ロディオン・ベリンスキー将軍ね)



 彼にはオルコット軍も手を焼かされたと聞く。それに、あのマリーに深手を負わせたのだ。噂に違わぬ強さを持つ武人である。



(どうして単独で将軍がここにいるのよ! マリーの傷はまだ完全に癒えていないわ。万全の体調ではないのにロディオンとまたぶつかれば、傷口が開いてしまう……!)



 ギュッと剣を握る手に力を入れれば、ロディオンが突然わたしに視線を向けた。



「もしや、あの金髪のお嬢さんがマリーのご主人様ですか? ふむ……貴女の好みは、芯が強くか弱い女性なのですね」


「……そんなことどうでも良いでしょう。あと、気安く私の名前を呼ばないでください」



 マリーは心底嫌そうに呟いた。

 すると、ロディオンは嬉しさを隠さず弾む声を出す。



「マリーという名は、彼女にもらったのでしょう? 貴女は自分に名前をつけるような人間じゃないですし。名付けは所有の儀式。まして、親から名前を与えられなかった貴女には神聖なものだ。余程あのお嬢さんが大切なのですね」


「……貴方には関係ありません」


「ありますよ。マリーを殺した後に、殺す女性ですから」



 ロディオンがそう言った瞬間、マリーの殺気が濃くなった。

 今にも飛び出しそうなマリーを、隣にいたキール様が手で制した。



「あからさまな挑発に乗っちまうなんて、らしくないぜ、マリー。剣が鈍っちまう。お嬢もエドも、皇女さまも……みーんな、オレたちが守ればいいんだからな! そうすりゃ、コイツは誰も殺せないさ」


「ふん、若造が。根拠のない自信は愚かですよ」



 ロディオンはキール様に剣先を向けて威圧的に言った。



「根拠はこれから証明するさ。なあ、マリー!」


「……まったく、貴方は。そのお気楽さは天賦の才ですね」



 マリーは肩の力を抜き、先ほどよりも凪いだ雰囲気になった。しかし、先ほどよりも隙なくナイフを構えている。



「さて、役者は揃いましたぞ。戦いを……我らの聖戦を始めましょう……!」



 導師グスターヴの叫びと共に、全員が動き出した。

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