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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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133話 革命宣言


 交易都市は、想像していたよりも寂れたところだった。

 昔は複数の通商路が交わった活気ある都市だったらしいが、今は所々が廃墟と化し、ディアギレフ帝国の現状を物語っているかのような有様だ。

 帝都から脱出して交易都市に来た当初は、ここが本当に革命政府の根城なのかと疑問に思った。しかし、今はその考えも改めている。



「……すごい人ね。よくもこれだけの人が集まってくれたわ」



 わたしは広場に埋め尽くされた人の数に感嘆の声を出す。

 繁栄の影が色濃く残るこの広場は、石造りのタイルが張り巡らされ、中央に枯れた大噴水が備え付けられている。そして広場を囲むように背の高い建物が円を描くように並んでいた。

 石造りのタイルは美しい青色なのだが、今はそれを見ることができない。何故なら、広場には溢れんばかりの人で満ちているからだ。



「ねえ、エドワード。予告状のばらまきなんて、風情がないと思わない?」


「だが盗む相手……セラフィム皇帝に送りつけても、導師とやらに握りつぶされるだけだ。怪盗としては、その方が風情がないと思ったんだろう」



 広場を囲う建物のテラスの一角で、わたしとエドワードは冗談を言いながら、ディアギレフ帝国の民たちと同じく“彼ら”が現れるのを待っている。

 わたしは一枚の白いカードを取り出すと、太陽に透かした。



「予告状。時は満ちた。肥え太った圧制者から国と自由を頂きに参上いたします。正道は我らと魔女にあり。志ある者は交易都市へ集え。革命の日を迎えるために。正義の怪盗と革命政府指導者より、ね」



 広場に集まった人々は、ディアギレフ帝国の現状を憂い立ち上がった勇ましい若者から、乳飲み子を抱えた女性まで様々だ。心にある、この国を変えるという強い願いは誰もが同じに違いない。



「この予告状を皇帝に見放された地方の村々まで配るなんて、その資金力と実行力には、俺も驚きを隠せないな」


「カルディアとテオドールに感謝ね。これだけの計画を、わたしたちが宮殿に潜入している間に整えてくれていたんだから」


「……そして何より、圧政に立ち向かう民の多さだ。やはりこの国は強いな」


「ローランズ王国の次期王が言う台詞かしら」



 軽口を叩いているうちに、広場の方が騒がしくなった。

 拙いファンファーレと共に、屋根の上に黒いマントが翻る。そして正義の怪盗――イヴァンが姿を現した。



「諸君。本日はお集まりいただき感謝する。これだけの数の民が立ち上がり、革命を志してくれていることに、私は誇りに思う。そして、我らが革命政府の指導者である魔女アヴローラもご機嫌のようだ」



 広場の後ろでパンッと空砲が響き、人々がそちらに一瞬だけ注目する。何もないことに気づいた人々は、再びイヴァンへ視線を戻す。すると、いつの間にかイヴァンの隣には、黒髪の女性――アヴローラ第四皇女が立っていた。

 アヴローラ第四皇女がゆっくりと宣誓するように片手を上げると、枯れていたはずの大噴水から勢いよく水が飛び出した。水は数メートルほど噴き出すと、人々に霧雨のように降りかかる。



「……枯れていた噴水が復活するなんて……」


「彼女は誰だ?」



 まるで奇術を使ったかのようなアヴローラ第四皇女の登場に、人々は困惑と不安、そして僅かな期待を胸に抱き、固唾を呑んで見守る。



「わたくしの名はアヴローラ。存在を消された、ディアギレフ帝国の第四皇女」



 澄んだアヴローラ第四皇女の声は、不思議と広場全体に響いた。



「幼き頃より父と母に冷遇され、魔女として生きていきました。泣きたい時は城から抜け出して民の生活に紛れ、人の心に触れて……わたくしはこの国が大好きになりました。雪解けと共に春が訪れ、夏には空と海が輝き、街では賑やかな祭りが開かれます。実りの秋には忙しく働き、冬には家族で寄り添い寒さを耐えます。そしてまた始まりの春がくる……そんな生活を愛していました」



 アヴローラ第四皇女は胸に手を当てて、広場に集まった群衆に語りかける。

 柔らかだった彼女の表情は、やがて険しさを増していく。



「ですが、とある逆賊――薄汚れた聖職者である導師グスターヴが、わたくしたちの愛するディアギレフ帝国の誇りを奪い去ったのです……!」



 アヴローラ第四皇女がそう言った瞬間、広場に備え付けられていた松明が燃え上がる。



「前皇帝亡き後、皇太后とわたくしを除く皇女たちを殺し、病弱な皇太子を愚物として祭り上げた! そして裏からこの国を操り、欲に塗れた貴族たちはそれに追随した……! その結果が税の過剰徴収や、人身売買、わたくしたちの生活を犠牲にした支配欲を満たすための他国への侵攻です!」



 力強く言い切ったアヴローラ第四皇女を、群衆は様々な感情で見つめる。

 素直に聞き入れる者もいれば、疑う者もいる。そもそも、アヴローラ第四皇女は国民に秘されていた皇女。もしかすると、皇女の名を語った偽物かもしれない。そんな疑念を払拭するため、わたしとエドワードはアヴローラ第四皇女とイヴァンの向かい側の屋根に姿を現した。



「彼女の身元を疑うならば、我々が証人となろう! 私の名はエドワード。ローランズ王国第二王子にして、次期王である。ローランズ王国の名において証明する。アヴローラ第四皇女は正しき皇帝の血筋に連なる者だ……!」



 威風堂々としたエドワードに、群衆は呆気にとられる。

 彼の覇気、佇まい……王族らしい服装を抜きにしても、エドワードの身元を疑う者はいない。



(……これなら、先にわたしが名乗っておくべきだったわ。いくらカルディアが書き下ろした脚本通りの展開だといっても、わたしの存在が霞むじゃない)



 目立ちたい訳ではないが、それでも複雑な思いを心に抱いてしまう。

 わたしはモニカに結い上げてもらった髪を風に靡かせ、マリーに着せてもらった深い青のドレスのドレープをなぞった。



(淑女の武装は完璧だわ。あとは、わたしの演技力で群衆を惹きつける)



 ローランズ王国とディアギレフ帝国は長く争ってきた。長年の敵対国に対する印象は良くないはずだ。そのままでは困る。ローランズ王国に属するわたしたちの目的は、戦乱の終結なのだから。

 今のオルコット領での戦いを除けば、本格的な衝突は五十年前となっている。良い意味で、戦いの記憶は平民たちから薄れているだろう。



「わたしの名はジュリアンナ。エドワード殿下の婚約者です。わたしもこの身に流れる二つ王家の血と、ローランズ貴族の誇りに誓って証明します。あちらの美しき心を持った魔女――アヴローラ・ディアギレフ様は、民を救い上げる第四皇女であると……!」



 わたしは遠く離れたアヴローラ第四皇女へ、ダンスを誘うかのように優雅な動作で手を伸ばす。そして、『お姫様のような愛らしい笑顔』を心がけて口角を上げる。

 すると、広場から「あの紫の瞳は、サモルタ王国の王族の証だ……!」という大きな声が聞こえた。ちらりとそちらを見れば、キール様がぶんぶんと大きく手を振っている。



(意外と演技が上手いのね、キール様。サモルタ王国には悪いけれど、利用できるものはすべて利用させてもらうわ)



 わたし自身がサモルタ王族を名乗っていないから、嘘は吐いていないはずである。

 群衆は勘違いしたのか、アヴローラ第四皇女がローランズ王国とサモルタ王国の証明を得ていると勘違いしてくれたようだ。もう彼らにアヴローラ第四皇女を疑う気持ちは感じられない。



「彼らに、わたくしは助力を願いました。他国の力を借りることを良く思わない者もいるでしょう。しかし、他国と争ってわたくしたちは何を手に入れましたか? 荒れた土地と、重い税だけではありませんか! 侵略の果てに、豊かさを手に入れたのは、欲に忠実な権力者だけ。だから……わたくしはこれ以上民の尊厳と命を失わないために、共栄の道を歩むことにしたのです」



 アヴローラ第四皇女はそう言うと、優しい笑みをわたしとエドワードに向ける。



「奪い取ったら、そこで終わってしまいます。しかし、共栄ならば……すべての民に富みと幸せが行き渡るでしょう。無論、すぐにとはいきません。この国に巣くう闇を祓い、わたくしたちの手で一つ一つ成し遂げねばならないのです。エドワード第二王子、わたくしたちと共にかつてない栄華を築きましょう」


「元より、そのつもりです。私も正道なる王を戴く国との友好ならば、歓迎いたします」



 エドワードは微笑み、浅く礼を取る。



「新たな時代の幕開けに立ち会えたことを、わたしも嬉しく思います」



 わたしも彼に倣って、簡略的な淑女の礼を取った。

 アヴローラ第四皇女は頷くと、再び群衆へと視線を移す。



「皇帝とはいえ、血を分けた弟と争うことに抵抗がないと言えば嘘になります。ですが、わたくしはディアギレフ帝国に生まれた皇女として……本物の魔女になることを決意しました。そして、同じく国の行く末を憂いる正義の怪盗と手を取り合って、わたくしは革命政府を作り上げたのです……!」



 本来、革命政府を作り上げたのはイヴァンだが、冷遇されていたアヴローラ第四皇女が立った方が都合がいい。わたしたちも味方しやすいし、正統性が出て民衆も追随しやすいのだ。



「私の宝を守るのは、怪盗として当然のことですから」



 イヴァンは正義の怪盗として、傲慢な権力者に刃向かい、分かりやすく苦しむ平民たちへ施しを行った。群衆は希望の光ともいえるアヴローラ第四皇女とイヴァンを見て、熱狂的な叫びを上げる。



「オレたちの手で腐ったこの国を変えるんだ!」


「あたしたちの力でよければ、いくらでも貸すよ。子どもたちには幸せな未来をあげたいからね」


「皇女さま――いいや、魔女様万歳!」



 アヴローラ第四皇女は群衆の言葉を受け止めながら、力強く一歩を踏み出した。



「生まれで差別されない、新しき国を作り上げましょう。皇帝の力ではなく、皆の力を合わせて選び取るような……そんな優しい国を作り上げるのです! 皇家を討ち果たし、革命を成し遂げるのはわたくしたちです。正義は我らにあり……!」



 アヴローラ第四皇女がそう言うと、群衆は「正義は我らにあり……!」と口を揃えて何度も叫ぶ。

 わたしはそれを見て苦々しく思ったが、エドワードは面白そうに腹黒い笑みを浮かべていた。



「最後の最後で、アヴローラ第四皇女は俺たちの用意した脚本に乗らなかったな」


「そんなに余裕ぶっていいの? 当初の予定では、アヴローラ第四皇女を皇帝に祭り上げる計画だったでしょう。これでは彼女へのローランズ王国の影響力は低くなる。良い意味でも悪い意味でもね……向こうにとってだけど」



 アヴローラ第四皇女が作り上げようとしている夢の国は、相当な苦労の果てに成し遂げられるかも分からない代物だ。

 それに、ローランズ王国が彼女を支援することも難しくなる。王政を敷くローランズ王国は、王を戴かない国を肯定できないからだ。



「国を背負う重圧を受けても背筋を伸ばして戦うことを宣言した人間を、そう簡単には操れないさ。弟を害しても国を救うと決めたのなら、自分も一生苦しむことを選択したんだろう」


「……成し遂げられるといいわね。この国も……わたしたちも」



 わたしの呟きは、熱狂の渦に飲み込まれて消えた。

 エドワードは静かにわたしの手を握りしめる。



 鮮やかな紙吹雪が、未来を隠すように広場を覆い尽くした。

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