131話 鈴蘭の因縁 3
マリー視点
「上等だ!」
キールは私よりも先に飛び出すと、襲いかかってきた兵たちを斬り伏せる。
私は彼を狙う弓兵にナイフを投げてそれを援護した。
「手負いの九九番がいても、彼らだけでは相手が難しいようですね」
ロディオンは改めて剣を握り直すと、キールへ斬撃を放つ。
ギンッと音を立てながら、剣と剣が交差した。
「ほう……やはり、中々の技量の持ち主ですね。まだ、剣筋が若いですが」
「ぐっ……」
キールは歯を食いしばりながら、ロディオンの攻撃を受け止めた。
防戦一方の彼の後ろに、剣を構えた兵が忍び寄る。
「危ない……!」
私は咄嗟にキールの後ろにいた兵へナイフを投げる。
ナイフは見事、兵の背中に突き刺さり地面へと倒れた。
(……まったく、自分の状況も把握できずに援護するなんて……私も馬鹿になったものです)
無意識に獲物を手放したことで、今の私は著しく戦闘力が落ちている。それを見逃すディアギレフ帝国の兵たちではなかった。
一人二人と私へ斬りかかり、それらを体術で躱し、沈めていくが再び獲物を持つ隙を与えてくれない。腹の傷もあって、私はどんどん追い詰められていく。
「死ねぇ!」
背後から剣を振りかぶる兵に私は気づいていたが、身体がその反応に追いつかない。腕一本を緩衝材に使うことを覚悟しながら、歯を食いしばり私は左手を突き出した。
「――ぐぁっ」
いつまで経っても、腕に痛みが奔らない。呻き声を上げたのは私ではなく、斬りかかってきた兵の方だった。
「やっぱり騎士に憧れる傭兵崩れは弱いな」
そう言って斬りかかってきた兵の後ろから、燃えるような赤毛の男――紅焔の狼サムが現れた。
私は驚きで目を見張るが、すぐに元の無表情へ戻る。
(新手……という訳ではないようですが)
お嬢様の話では、サムは傭兵としてディアギレフ帝国に飼われていると言っていた。現に彼の服は、城内を警備する兵たちと同一。王都教会で相対したサムは雇い主を裏切ることを良しとしない、己の矜持を曲げるぐらいなら死ぬまで戦うような男だった。
(何故、この男が私を助けた……?)
サムはハルバードで手近な兵を切り倒すと、私の隣に立ってハルバードをロディオンへ向けた。
ロディオンはキールを蹴り飛ばして距離を取ると、サムを睨み付ける。
「一兵卒の分際で、軍を裏切るのですか? 立派な軍規違反になります」
「生憎、俺は根っからの傭兵でね。報酬を貰っている限り、雇い主の意向に従うだけだ。こんなしみったれた軍に好き好んで俺が服従するわけねーだろ」
「傭兵として軍に入ったのも、貴様の雇い主の命令ですか。九九番の反応から言って、どうやら彼女と雇い主は別のようだ」
ロディオンはただただ冷静に、こちらをじっと観察する。
「……紅焔の狼、どうして私を助けたのですか?」
「雇い主の思いを汲み取るのも、できる傭兵の力でね。お前がいるってことは、黒猫のお嬢ちゃんが来ているってころだろう? それなら、加勢するのが正しい選択だ……!」
サムは地面を蹴り、ハルバードを振りかぶってロディオンに渾身の一撃を放つ。
「鬼畜の犬! 黒蝶を連れてずらかるぞ……!」
「分かった!」
キールはロディオンと打ち合うサムに背を向けて、私を抱えて走り出した。
「は、離しなさい……!」
「あはは! マリーは怪我人なのに元気だな」
何度言っても私を離さないキールを諦めて、ロディオンとサムの様子を確認することにした。
小規模な爆発音がしたかと思えば、白い煙幕が彼らの戦っていた周囲を覆う。それと同時に私たちを追いかけるように、赤い影が現れた。どうやらロディオンとの戦闘から離脱できたらしい。
「あの傭兵は良い奴だな! これでエドたちのところへ行けるぜ。遅刻すると昔からうるさいからな」
ロディオンとの関係を詮索するでもなく、キールはいつも通りに私へ少年のように輝いた笑みを向ける。
「……貴方の脳天気は最大の才能かもしれませんね」
私は脱力し、キールに完全に身体を預けて、お嬢様をお守りするための体力を温存するのだった。