130話 鈴蘭の因縁 2
マリー視点
鈍い金属音が断続的に重なり合う。
私はロディオンの攻撃を紙一重で躱しながら、一つでも多くの刃を放つ。対するロディオンも、私の攻撃を剣で弾きながら、ここぞというところで鋭く重い斬撃を繰り出した。
同じ孤児院で戦闘訓練の基礎を学び……一緒に過ごす時間が多かったからこそ、私とロディオンはお互いの癖を知り尽くしている。
一進一退の攻防が続く。
周りに兵が集まってきたが、実力差から、私たちの本気の殺し合いに手を出すことができないでいる。
「そんなふざけた服を着ているので、てっきり鈍っているかと思えば……以前よりも成長していますね、九九番。剣筋に迷いも、慈悲もない」
ロディオンは私の着ている侍女服を見ながら薄く笑った。
私が目立つ侍女服を着ているのは、動きやすいのもあるが、何よりジュリアンナお嬢様に仕える侍女マリーとしての覚悟を持って戦えるからだ。
「侍女服はふざけた服などではありません。男性には分からないでしょうが、色々と便利です。権威を笠に着るための、貴方の軍服と違って……!」
私はエプロンで隠していた暗器を腰から取り出すと、それをロディオンの顔と足に向けて同時に放つ。
彼が体勢を崩したところで、私は一気に距離を詰めて刃を振り下ろす。
(……腕が痺れている。ロディオンの攻撃をいなせていないということですか。元々、長期戦は望んでいませんし、決着は早めにつけさせてもらいます……!)
刃の軌道は確かにロディオンを捉えていた。
しかし、彼は瞬きもせずこちらに笑みを浮かべたまま見ている。
ロディオンが何か隠し球を持っていることを直感で悟った私は、刃の軌道を変えて後ろに飛んだ。しかし、それよりも先にロディオンが隠し持っていたナイフを私に放つ。
片手で放ったそれは、私の脇腹を抉った。
「……くっ」
痛みに耐えて、私はロディオンと距離を取る。
どうにか致命傷は避けられたが、このままにしておけば出血死してしまうだろう。
「軍服も捨てたものではありませんよ?」
ロディオンは片手でナイフを空中に遊ぶように投げてながら言った。
そして、その時――朝日が差し始めた空に信号弾の花が小さく咲く。
(お嬢様……!)
閃光弾が上がったということは、お嬢様は帝国の皇女を救い出すことに成功したということだ。
本来ならば、私はすぐにでもお嬢様の元へ駆けつけてお守りしなくてはないらない。しかし、負傷した身体では、ロディオンを相手に勝利はおろか、逃走すらままならない。
「半分は信号弾の放たれた方向へ急げ。鼠はそう遠くには行っていないはずだ」
ロディオンの指示を聞いて、様子を窺っていた兵たちが一斉に駆けだした。だが、半分はこちらに残り、弓や剣を構えるなど、いつでもロディオンを補助できるように控えている。
絶体絶命の状況の中、私は脂汗をかきながら、血で滑るナイフを握り直す。
「……そうは、させません!」
「その身体でまだ刃向かおうとするのですか? 余程大切な人――そうですね、主がいるのでしょう。九九番の今の顔は、従順に躾けられた犬と同じですよ」
「貴方にどう罵られようとも構わない。私の誇りは……私だけのもの!」
踊るような身のこなしでロディオンとの距離を詰めると、迷いなく刃を振り下ろす。
だがそれは彼まで届かず、私の視界は反転する。
目の前に広がるのは、瑠璃色の空だった。
「力も、技術も、経験も……残念ながら俺の方が上ですね。昔と変わらず」
「ぐぁっ……あ、くっ……」
ロディオンは私の血の流れる腹を足で押しながら、首を絞めてきた。
力が満足に入れられない手からナイフがこぼれ落ち、霞む意識の中で私は必死にもがいた。
(お、じょうさ、ま! 私は……マリーは、あ、なたを、絶対に……)
闇雲に振り上げた手が何かを掠める。
その瞬間、さらにロディオンが私の首に力を込めた。
「……九九番は頭も悪かったですね。……あの頃のまま、俺の後ろを追いかけてくれば……こんな無様に死ぬことはなかったんですよ」
私の目から生理的な涙が溢れる。
ぼやけた視界では、ロディオンの表情を読み取ることができない。
「マリー!!」
霞んだ意識の中で、私を懸命に呼ぶ声が満ちる。
それと同時に首の圧力がなくなり、誰かに抱き上げられた。
「がはっ……、こほっ……はぁ、はぁっ……」
喉が裂けるような咳をして、足りなくなった酸素を必死に吸い込む。漸く目の焦点が合わさると、そこには珍しく切羽詰まった表情を浮かべたキールがいた。
「マリー、大丈夫か!?」
「だい、じょうぶです。見たら分かるでしょう」
息を整えると、私はキールの肩に手を付きながらヨロヨロと立ち上がる。
そして周りを見渡せば、少し離れたところにロディオンが無傷で立っている。兵たちも武器を構えたままだ。
「マリー……それが今の九九番の名前ですか?」
ロディオンはそう言うと、自分の右頬を指でなぞる。
彼の右頬には、新しくできた薄く赤い擦り傷があった。
「気安く私の名前を呼ばないでください」
私は太ももに括り付けていたナイフを取り出した。
キールと背中合わせになりながらナイフを構え、眼前の敵たちに殺気を送る。
「休んでいていいんだぜ、マリー。コイツらを倒すぐらいなら、オレ一人で十分だ」
キールは大剣を構えて嘯く。
私も痛み限界を訴える身体を無視して、小さく笑った。
「当たり前でしょう。私は……戦えます」