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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
135/150

129話 鈴蘭の因縁 1

マリー視点




 私、侍女マリーがお嬢様の側にいることが許されたのは、暗殺者としての技能と普通の生活を渇望する心を認められたから。今まで生きてきた自分のすべてを肯定し、愛してくれたお嬢様の期待に応えるためならば、私はどんな無理だってやり通して見せる。


 ディアギレフ帝国の中枢たるこの宮殿で、私は派手に爆発物を投げつけながら、ひたすら建物の間や屋根の上を駆けていく。



「……しつこいですね」



 複数の弓兵が屋根を駆ける私を狙うが、不規則な動きで翻弄しながらそれを最小限の労力で躱していく。

 隣を見れば、クソ野郎――もとい、お嬢様の婚約者であるローランズ王国第二王子の側近、キール・メイブリックが大剣を振り回して、無数の矢を薙ぎ払っていた。



「ちょっと潰してくるな!」



 そう軽く言って、キールは弓兵の潜む建物へと突撃していく。

 矢がキールに集中して降ってくるが、彼が速度を落とす気配はない。



(……相変わらずの脳筋ですね)



 戦いの最中、恐怖という感情を抱くことは武器の動き鈍らせる。暗殺者にとっては致命的な弱点となるだろう。だから、私は幼い頃から恐怖を削げ落とすための訓練を受け、完全にそれをものにしたのは十代前半のことだったと思う。

 しかし、キールのそれは天性のものなのか、他の騎士や軍人と違って、恐怖という感情が備わっていないように見えた。



(単調で大振りな動きに見えて、隙のない基本に忠実な理想的な剣筋。素早く、重心の安定した力強い足運び。野生の嗅覚なのか知りませんが、フェイントを巧みに嗅ぎ分けて斬り込む大胆さは天才と言っていいでしょうね)



 自分とは全く正反対の資質を持つ彼を煩わしく思う気持ちがない訳ではない。しかし、今の彼は共に同じ任務を遂行する仲間だ。

 正直に言って、敵だらけのこの戦場で、彼が共にいることを今は心強く思っている。



「私は屋根を降ります……!」


「おう! ここを片付けたら後を追うな」



 数十人の弓兵と槍兵を相手にしながらも、キールは私の声に返答した。



「さて、反応弾はまだ上がっていません。もう少し、暴れさせていただきます」



 私は小さな爆薬を取り出すと、オイルライターで火を付けて集まってきた兵たちへと投げつける。

 鼓膜を振るわせる爆発音と共に、硝煙の臭いが周囲に満ちる。爆発には数人の兵を巻き込んだだけだが、成果としては十分だ。



(私の役目は陽動ですからね。静かな殺しではなく、目立つ騒ぎが目的です)



 兵たちが体勢を立て直す前に、私はナイフを握って彼らの中央を駆け抜ける。途中何人か倒しながら、ひたすら敵を攪乱させる戦いを続けた。

 しかし、徐々に私は疑問を抱いていく。



(……おかしい。敵に焦りがないです。まるで私が駆け回ろうとも、勝利を確信しているような……)



 私は直感から、これ以上先に単独で進むことを止め、キールの元へ戻ろうと振り返る。すると同時に、銀色の光が私の髪を擦った。



(……殺気をひとつも感じませんでした。相当な手練れですね、厄介な……)



 私は舌打ちをしたい気分だったが、目の前の男に隙を見せる訳にはいかない。

 男はカッチリとした臙脂色の軍服を着ている。胸に下げた勲章の数から、周りの兵たちよりもずっと高位の軍人なのだろう。彼は軍服と同じ臙脂色の軍帽を被っていて、表情は伺えない。



「どんな鼠が潜り込んだかと思えば……懐かしい顔に会えるなんて思いませんでした。久しぶりですね、九九番」



 臙脂色の軍服の男が発した言葉に、不覚ながらも私は理解するのに数秒の時間を要した。



(……この男は……ディアギレフ帝国での私を知っている……?)



 九九番とは、私がディアギレフ帝国の孤児院で暗殺訓練を受けていた時に付けられていた識別番号だ。これを知っているのは、教官たちだけ。……いいや、もう一人だけいたはずだ。



(臙脂色の軍服……どこかで見たことがあったような……)



 記憶を掘り出せば、容易く彼の顔が浮かんだ。ローランズ王国の暗殺ギルドに売られる前、彼は私の見送りに来た。血と欲に塗れたけだもの。そう……彼は私の同類。



「貴方は……鈴蘭の孤児院にいた一番なのですか?」


「そうですよ、九九番。今はロディオン・ベリンスキーと名乗っていますが。見送りの時には教えなかったでしょう」



 軍帽を取れば、一番……ロディオンの顔が見えた。最後に見た時よりも少し渋みの増した壮年の男の顔になっており、危うげな色気を感じさせる。藍色の髪は綺麗に切りそろえられ、騎士のような精悍さがあった。

 だが、それらの外見の変化は私の気にするところではない。ロディオンの右頬にある引き攣れた傷跡。かつて私が命からがらに斬りつけたその跡が変わらずあることに、胸の奥がギュッと締め付けられた。



「しかし、驚きましたね。あれほど無気力だった九九番の瞳が、こんなにも生き生きとした殺意に輝いているなんて。よほど大事なものができたのでしょうね。まったく……殺しとは関係ないところで凡ミスして、呆気なく土に還ればよかったものを」


「……貴方こそ、成り上がる前に格下に騙されて、ひとり寂しく海の藻屑となれば良かったのに……しぶとく生きているなんて」



 かつての別れの言葉を紡ぎながら、私はナイフを両手に構えて駆けだした。

 ロディオンもまた、腰に下げた飾り物ではない立派な剣を引き抜き、私を迎え撃つ。



 ――――ああ、二度と会いたくなんてなかったのに。



 まるで心を通わせたかのように、わたしとロディオンは同時に刃を振り下ろした。





※ちょっとした宣伝(苦手な人は読み飛ばしてください)※


ロディオンとマリーの因縁は、手駒書籍3巻に収録されています。

気になる方はお手にとってみて下さると嬉しいです。


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