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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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128話 不吉と災厄の魔女 3


 アヴローラ第四皇女が囚われている部屋は塔の最上階。しっかりとした木製の扉には、年代物の錠前が取り付けられていた。

 イヴァンは扉に近づくと、軽快な動作でノックをする。



「アヴローラ……私だ、イヴァンだ。迎えに来たよ」


「……正面から訪ねてくるなんて、泥棒のくせにどういう風の吹き回し?」



 扉越しに聞こえたアヴローラ第四皇女の声音は鋭く、イヴァンの来訪を歓迎しているようには思えなかった。

 しかし、イヴァンは眉尻を下げ、アヴローラ第四皇女との再会を心底喜んでいる。 



「泥棒じゃなくて、怪盗だよ。今日は囚われの魔女を救う、救世主を連れてきたんだ」


「裁きの時がくるまで……わたくしはここから出ないわ」



 アヴローラ第四皇女の言葉からは、堅い決意が感じられる。

 だが、今引いてはここまで来た意味がない。エドワードは凜然とした態度で、アヴローラ第四皇女へと呼びかける。



「出てもらわなくてはなりません、アヴローラ第四皇女。皇族としての使命を全うするのは良いことだ。しかし、ここで悪戯に時を過ごすよりも、外へ出て戦ってもらった方が犠牲は少なく済む。貴女は魔女ではなく、皇女としての自分を選んだ。それならば国を背負う者としての決断をしてもらいたい」


「アヴローラ第四皇女……どうかイヴァンの覚悟と、泥沼の戦争を避けたいわたしたちの思いを知ってから、この塔に残るかを選んでください」


「貴方たちは一体……誰なのですか?」



 アヴローラ第四皇女の声音からは、動揺しているのが伝わってくる。

 わたしとエドワードは畳みかけるように自己紹介をした。



「ローランズ王国第二王子、エドワード・ローランズです。この度はディアギレフ帝国との戦争を止めるため、革命政府創設者のイヴァンと行動しています」


「わたしのエドワード殿下の婚約者で、ルイス侯爵家が長女ジュリアンナと申します。この度はディアギレフ帝国との和睦交渉でエドワード殿下を支えるため、馳せ参じました」


「まさか……そんな……本当に……イヴァンは他国の王族を巻き込んだのですか……」



 事前にイヴァンから何か聞いていたのか、アヴローラ第四皇女は弱々しい声で呟いた。



「わたしとエドワード殿下は、イヴァンと協力関係にあります。決して巻き込まれた訳ではありません」



 革命政府を創設したのはイヴァンだが、それを影響力あるものに育てたのはカルディアの金銭的な尽力と、テオドールがオルコット公爵家とディアギレフ帝国軍の戦いの早期終結を望んだからだ。

 中枢はローランズ王国が担っている。ある意味、革命政府がローランズ王国に巻き込まれた形になるだろう。



「革命政府の後ろ盾には、ローランズ王国がなろう。ただし、旗頭としてディアギレフ帝国皇室の正統なる血を持つ者が立つのであればだ。そうでなければ、王政を敷く我らは後ろ盾となれない」


「……それは内政干渉……いいえ、実質的なローランズ王国の侵略ではなくって?」


「革命後はそちらへの政治的な干渉をするつもりはない。ディアギレフ帝国の責任を求めるつもりもない。ただ、今までとは違い、友好的な関係を少しずつ築いていきたいだけだ。なんの非もないローランズ王国に攻め入ったディアギレフ帝国に対して、破格の条件だと思うが?」



 アヴローラ第四皇女の反発に、エドワードは強い口調で返した。

 わたしはエドワードとは反対に、柔らかな口調でアヴローラ第四皇女に訴えかける。



「アヴローラ第四皇女はディアギレフ帝国の民の苦しみを見ましたか? 豊かな街はほんの一握り。しかもそこは、革命政府の影響下にあり、正義の怪盗を讃える民が住まう場所でした。導師グスターヴは残忍な男です。他者の苦しみも、民に向ける愛情も知りません。わたしはその一端をサモルタ王国で見ました」



 導師に洗脳され、人を殺め、国に混乱をもたらし、寵姫レオノーレは仲間と共に命を捧げた。彼女たちは加害者であり被害者だった。あの光景をわたしは一生忘れることができないだろう。



「……わたくしも知っているわ、ジュリアンナ様。あの殺戮を忘れることなんてできない。そして姉様たちから託された……ディアギレフ帝国への思いも」



 アヴローラ第四皇女は深く息を吐いた。



「イヴァン。わたくしを革命政府の旗頭に据えて、貴方はどうするの?」


「私はただ、アヴローラを支えるだけ。一生を懸けてね」



 イヴァンは決意の篭もった目で、スルリと言ってのけた。

 扉越しに、アヴローラ第四皇女が呆れているのが伝わってくる。



「言っておくけれど、わたくしの隣にいる間は盗みなんてさせないわ。それでもいいの?」


「魔女の心よりも価値のあるものを私は知らない。その味を知ってしまえば、他の物を盗む気になんてならないさ」


「わたくしの心はあげないわ。……だから一生を懸けて盗んでみなさい」


「なんだ、アヴローラ。怪盗業を続けさせてくれるんじゃないか。優しいね」



 アヴローラ第四皇女は最初の険悪さは消え去り、小さな笑い声が聞こえる。

 

 ガチャガチャとドアノブが動いたかと思えば、古い錠前がゴトリと落ちた。どうやら見かけ倒しの錠前で、鍵は掛けられていなかったようだ。

 木が軋む音と共に扉がゆっくりと開く。現れたのは美しい黒髪を持った女性だった。



「……エドワード殿下。わたくしに、皇帝たる弟と戦えというのね?」


「貴女が皇女としての人生を選び、待つのではなく戦うと決めたのなら」


「ではわたくしは、皇女の心を持つ魔女となりましょう。より多くの民の未来のために。裁かれるのは、足掻いた後でも遅くはないでしょう」



 アヴローラ第四皇女の身に纏ったドレスは古めかしく、まさしく魔女のようだった。しかし、それを打ち消すかのように彼女は毅然とした態度を崩さず、内から皇族としての気迫が感じられる。



「今のアヴローラ第四皇女を見て、魔女と誹る者はいないと思いますが?」



 わたしが疑問を投げかけると、アヴローラ第四皇女は悲しげに小さく笑った。



「皇帝の……国の意思に背くのです。反逆者の皇女には、魔女の称号が相応しい。やはり、わたくしはディアギレフ帝国の不吉と災厄を背負って生まれてきたのですね」



 アヴローラ第四皇女はイヴァンの手を取り、自らの意思で塔から出た。

 塔に入ってから十分程度しか経過していないはずだが、外は夜が明け、日が昇りかけている。



「外は静かね。綺麗な朝日だわ」



 アヴローラ第四皇女は空に手をかざし、眩しそうに太陽を見た。

 イヴァンはアヴローラ第四皇女を救出したことをマリーとキール様に伝えるために、時差式の信号弾を塔の近くに設置した。



(……静かすぎるわ。計画では、爆発音は信号弾が上がるまで続ける予定だったのに……)



 嫌な胸騒ぎがする。しかし、今はそれを話す時間はない。

 わたしたちは、警備の兵と出会す前にマリーとキール様との合流場所へと急ぐのだった――――




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