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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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127話 不吉と災厄の魔女 2


 早速わたしは眠り薬をハンカチに染みこませ、エドワードとイヴァンに目配せをする。

 ふたりは、心得たとばかりに頷きを返した。



「私は見張りの注意を逸らして、一人ずつおびき寄せる。そしたら、お姫様と王子様で確実に潰してくれ」


「分かったわ、イヴァン」


「しかし、どうやって奴らを一人ずつおびき寄せる?」


「こうやってだよ」



 喉に手を当てると、イヴァンは深く息を吸った。



「いやぁぁああ! 誰か……誰か助けてください……!」

 


 イヴァンには似つかわしくない、甲高い女性の声が響き渡る。



(……声帯模写。さすが怪盗ね。わたし以外で使える人を初めてみたわ)



 イヴァンの演技に釣られたのか、見張りの一人がこちらへと歩いてきた。

 わたしとエドワードは物陰に隠れ、イヴァンはマントで顔と身体を隠して蹲り、メソメソと嘘泣きを始める。



「おい、大丈夫か。ん? お前はおと――――」



 イヴァンが男性であることに見張りは気がついたが、余計なことを話す前に、エドワードが後ろから殴りつける。見張りは昏倒し、目を回して倒れた。



「……わたしの出番はなかったわね」



 ふて腐れながら、わたしは倒れた見張りに念のため、眠り薬を嗅がせる。そしてイヴァンの用意していた紐で縛り上げると、物陰に放置した。



「おい! どうした……? 何かあったのか?」



 訝しんだ残りの見張りが、こちらへと声を掛けた。

 わたしは倒れた見張りの声を思い出しながら、喉を震わせる。



「ちょっと不届き者を倒すに時間がかかっただけだ! 爆発をしかけている奴らの手先が、侍女を襲おうとしていたらしい。すまないが、手持ちの縄がない。貸してくれないか?」



 縄を渡すだけならと、残りの見張りの一人がこちらへ小走りで向かってくる。

 するとイヴァンは見張りがこちらを警戒しないように、先ほどと同じ女性の声で「危ないところを助けてくださり、ありがとうございます」と言って、小芝居を仕掛けてきた。わたしも負けじと、見張りの声でそれに乗った。



「いやぁ、本当に良かった。貴方のような可憐なお嬢さんを守れて」



 わたしは笑いを噛み殺しながら言った。

 するとイヴァンは、恥じらうように顔を背けた。



「可憐だなんて……そんな……」


「そんな謙遜しないでくれ。貴女のような美しい人と出会ったのは初めてだ。その……もし良ければだが……今度、一緒に食事をしていくれないだろうか?」


「ええ、是非……お願いいたします、騎士様」



 わたしたちから見れば馬鹿げた言葉遊び。しかし、こちらへ向かってくる見張りにとっては、想定される言動だったため、警戒するそぶりもない。



「おい、仕事中だぞ。女を口説くのは後に――――くはっ」



 仲間の見張りと侍女がいないということを気づかれる前に、エドワードが見張りの男の腹を殴る。声も上げられず前屈みに呻く彼の鼻に、わたしはすかさず眠り薬を染みこませたハンカチを押しつけた。

 恐れていた反撃は来ず、見張りの男はダラリと腕を降ろして昏倒する。



「さて、お姫様、王子様。ここまでは順調だけど……残りの一人をおびき寄せるのは、さすがに難しいね」


「簡単なことよ、イヴァン。三対一ならば、勝機はこちらにあるわ。いざ突撃!」



 わたしは腰に下げていた細身の剣を抜くと、そのまま塔の前にいる最後の見張りへと駆けだした。



(この中で相手の意表を突く囮として適任なのは、わたしよね)



 剣を構え、最後の見張りへと真っ直ぐに振り下ろす。

 単調な攻撃だったため、初めの剣は容易く受け止められた。

 


「お、女!? どういうことだ……アイツらはどこに……」



 剣でギリギリと押し合いながら、最後の見張りは困惑の声を上げる。

 わたしは腕に全力を込めながら――――しかし顔は優雅な微笑みを浮かべた。



「おいしく食べてしまいました。次は貴方の番ですよ」


「何を馬鹿げたことを――――」



 背後から、剣の抜ける音が聞こえる。おそらく、エドワードがわたしに追いつき、見張りへ斬りかかろうとしているのだろう。

 わたしは地面を踏みしめ、見張りが逃げないように剣をさらに強く押した。



「おっと、力比べを止められては困るわ」


「ふざけるな……!」



 見張りの男は身体を捻りながら剣を離して、この場から逃れようとする。その際に、わたしの剣がかすり、彼のざっくりと切れた腕から血がこぼれ落ちた。



「くっ……やられてたまるかよ!」



 反撃を諦め、見張りの男は逃走を図ろうとする。

 しかしそれは、突如、彼の後ろから現れた黒い影によって阻止されてしまう。



「頭に血が上ってくれて助かったよ。さあ、眠りの時間だ」



 イヴァンは見張りの男を羽交い締めにしながら、鼻に眠り薬のハンカチを押しつけた。

 見張りの男は一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに睡眠時特有の安らかなものへと変わっていく。わたしは彼の腕を破ったスカートの切れ端で止血すると、エドワードと一緒に塔の隣に生える古木の近くへ運んだ。



「アヴローラ第四皇女の見張りはこれですべてかしら?」


「いつも塔の入り口だけだね。陽動に引っかかっているみたいで、周囲に兵もいないみたいだし」


「時間が惜しい。すぐにアヴローラ第四皇女へ向かうぞ」



 わたしたちは塔の中に入ると、螺旋階段を駆け上がった。

 


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