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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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126話 不吉と災厄の魔女 1


 夜明け前は警備の者が最も少なく、また、人の思考が一番働かない時間でもあった。



「……手筈通り、日が昇る前に動きましょうか」



 用意された客室はそれなりに豪華なものであったが、日当たりは悪く、世話を言いつけられている侍女たちは仕事をサボりがち。接遇に関しても最悪だ。

 わたしたちのことを、所詮旅芸人だという侮る帝国側の真意が読み取れた。



(でも、わたしたちにとっては、この上ない歓待だわ)



 客室は皇族の居住区域とは離れた警備の力が入っていない場所だ。賊に襲われたら一溜まりもないが、こっそりと抜け出すのには好都合とも言えた。



「俺とジュリアンナは、アヴローラ第四皇女が囚われている塔へと向かい、イヴァンと合流する。そして彼女を説得し、最短で塔から連れ出す」


「キール様とマリーは、陽動を担当してもらうわ。いくら夜明け前とはいえ、ここはディアギレフ帝国の根幹を成す場所。危険な役目だけど、警備を少しでも崩したいから……お願いね」


「派手に頼む。俺たちの最も頼れる剣はお前たちだ」



 わたしとエドワードは己の忠実な臣下に、たった二人でディアギレフ帝国の精鋭と渡り合えと危険な命令を下す。

 キール様とマリーは臆することもなく、誇らしそうに頷いた。



「エド、お嬢。どーんとオレたちに任しておけ!」


「謹んでお受けいたします」



 

 わたしとエドワードは臣下の表情を見て、不敵な笑みを浮かべる。

 このふたりがいるのなら、カルディアとテオドールが立てた計画の実行に現実味が帯びるというものだ。



「まずはアヴローラ第四皇女の確保からね。帝国に一泡吹かせてやりましょう! ねえ、エドワード」


「一泡どころか、こちらは国そのものを壊す予定だがな。それでは行動を開始する。皆欠けることなく再会しよう」



 そしてわたしたちは二手に分かれて、ディアギレフ帝国革命への一歩を踏み出したのだった。







 断続的な爆発音が少し離れた場所から響く。

 どうやらマリーが持ち込んだ爆薬を使って、順調に陽動作戦を行っているらしい。わたしとエドワードは薄闇に紛れて隠れながら塔へと向かっている。時折見かけた兵たちは、こちらなど見もせずに爆発音のする方へと慌ただしく走っていった。


 そんな彼らを見て、わたしは首を傾げた。

 警備の兵たちの行動は、わたしとしては有り難いことだが、些か疑問が残る。



「……塔の近くは警備が杜撰ね。確かにアヴローラ第四皇女は国民にも秘された存在で、危険を犯してまで攫おうとするのはイヴァンぐらいだけれど……」



 不測の事態が起きた時、見張りの兵士が現場へ急行するのは普通のことだ。ただし、最低限の警備を残すのは当たり前のはず。

 わたしの考えに気がついたのか、併走するエドワードも苦い顔をする。



「宴の時の護衛は、さすが帝国だと思わせるほどの完璧な佇まいだった。だが、塔の近くにいる者はどれもまるで素人だ。士官学校で教わる護衛の基礎すらできていない」


「戦争で人材が不足しているのかしら。もしかして、エドワードの言う通り……彼らは貴人の護衛としては、素人なんじゃない? 傭兵のサムが憲兵の真似事をしていたようにね」


「あり得るな。だとすると、警備の穴を突くのは簡単かもしれないが、戦闘に関しては、下手な騎士よりも容赦がないだろう」


「戦わないことに越したことはないわね」



 より一層緊張感を高めながら、わたしたちはイヴァンからもらった地図を頼りに、アヴローラ第四皇女の囚われている塔へと急ぎ、数分後には到着した。

 塔は皇女が幽閉されているには古く手入れの行き届いていないもので、所々煤けたレンガが崩れている。また蔓草が塔の半分を覆い尽くしており、何も知らずに見れば、幽霊や吸血鬼の住まいと言われても納得してしまいそうだ。



「……さすがに、アヴローラ第四皇女の塔にいる見張りは、陽動に引っかからないか」



 エドワードは塔の入り口に控える兵を見て、顔を顰めた。



「数は三人かしら。正面からぶつかれば、わたしとエドワードだけで対処は難しいわね」



 いくら武術の嗜みがあったとしても、本職の兵を一気に相手取るのは難しい。たとえ一人二人倒せたとしても、誰かが援軍を呼べば一発で死ぬ。



「イヴァンはどこだ? この近くで落ち合う約束だろう」


「呼びました?」



 突如、耳元で色気のある男の声が囁かれた。わたしとエドワードは必死に出かかった悲鳴を押し殺し、元凶のイヴァンを睨み付ける。



「ちょっと、驚かせないでよ。危うく叫び声を上げて、敵に居場所を知らせるところだったじゃない……!」


「ジュリアンナ、この馬鹿な怪盗を囮に使おう」


「名案ね、エドワード。アヴローラ第四皇女とお会いする前に使い潰しましょう」


「酷いなぁ、お姫様と王子様は」



 イヴァンは懐から深緑色の液体が入った小瓶を取り出すと、それをわたしに押しつけた。



「外で待っている、お姫様の侍女ちゃんからの差し入れだよ。象も三秒で眠らす薬だってさ。揮発性が高いから、飲み込ませるか、布に染みこませて吸わせるのがいいって」


「さすがモニカ。えげつない差し入れだわ」



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