13話 解読不可能のラブレター
愛しのジークへ
手紙を送るのが遅れてしまってごめんなさい。
王都教会では秋の花が咲き始めました。
特にカレンデュラが見ごろで、その甘い香りと共にわたしを優しい気持ちにしてくれます。
さて、王都教会に見習い看護師として来て、もうすぐ3か月になります。
やっと仕事にも慣れてきました。
前のオンボロ教会と違い、とても良い環境で最初は驚きました。
特に薬関係に力を入れているみたい。
少しでも病気の人がいなくなればいいのになと思う。
わたしに出来るのは患者さんを看護することだけどね。
そうそう、わたしが今住んでいる寮は白の寮と呼ばれていんだけど、なんと外観は焦げ茶色の煉瓦造りなの。
住んでいるのが白衣の天使だからって言うのが理由みたい。
マーサさんは、女に夢見過ぎって笑っていたけど。
あっ、マーサさんは見習い看護師の総括で白の寮の寮長さんだよ。
さっぱりとした姉御肌でドジばかりするわたしにも良くしてくれているよ。
あと、同じ看護師見習いのアンとミリアとも仲良くなりました。
ふたりとも大事な友達です。
みんな良くしてくれているので、わたしは見習い看護師としてやっていけそう。
だから心配しないでね?
でもね、ジークに会えないのはとても寂しい。
一年後に准看護師の資格が取れたら一緒に住む約束、覚えているよね?
アンとミリアと離れるのは寂しいけど、ジークの傍にいれることをすごく楽しみにしているよ。
来月の始めに2日のお休みが取れそうです。
王都教会は思っていたよりも患者さんが少ないので、それほど激務というわけではないの。
わたしの身体が元気すぎるだけかも知れないけどね。
それでジークのお休みが取れたら、久しぶりにデートしたいな。
シアナ公園を散歩して、時計塔に行って、人気のカフェでケーキを食べたい。
わがままだよね。
でもね、ジークの金色の髪に触れたい、抱きしめたい、最近はそんなことばかり思うの。
ジークに会えないとわたし、どうにかなってしまいそう。
わたしをこんな思いにさせるのはジークだけだよ。
ジークもわたしのこと、そういうふうに見てくれていると嬉しい。
商会の仕事で無理して身体を壊さないようにしてね。
ジークは頑張り屋だから無理しちゃうでしょ?
もしもジークが病気になったらわたしが看病してあげるね。
ではお返事待っています。
あなただけのエレンより
########
<エドワード視点>
執務室で俺はジュリアンナからの手紙という名の報告書を受け取ったはずだった。
だが、これは――――
「これはラブレターか?」
「ラブレターですね」
「ラブレターだな」
俺の問いかけに対して、サイラスとキールが肯定した。
やはりラブレターだ。
砂を吐くように甘い――とまではいかないが、恥ずかしいことがツラツラと書いている。
どれだけエレンはジークが好きなんだ。
「ジュリアンナ嬢は何故ラブレターを?もしかして別人が代筆を!?ジュリアンナ嬢の安否が!!」
「お嬢のピンチ!?」
「落ち着けふたりとも。あのジュリアンナが死ぬ訳ないだろうが。所々情報が混ざっている、王都教会が薬に力を入れているとかな。後は……暗号という可能性がある」
「暗号ですか!?」
訝しげな顔をしたサイラスに俺は深く頷いた。
「ジュリアンナの母君……オルコットの秘宝と言われた、エリザベス前ルイス侯爵夫人を知っているか?」
「ええ。ジュリアンナ嬢と瓜二つの容姿の美姫だったとか。尤も病弱であまり社交には出ていなかったらしいですが」
国一番の美貌を持ちながら、滅多に人前に出ないオルコット公爵家の姫。
故にオルコットの秘宝と呼ばれていた。
そう、表向きは。
「ジュリアンナの母君は父上の忠臣だ」
「忠臣ですか!?」
サイラスが驚愕を露わにした。
驚くのも当然だ。
病弱な者で、しかも女性が王の信頼厚い臣下など。
無能者では決してありえない。
オルコット公爵家はローランズ王国の軍事を担っている。
現当主は元帥、次期当主は将軍、その息子も若き参謀として優秀だ。
現当主の親子ほど歳が離れた妹、それがオルコットの秘宝エリザベス。
彼女は筋金入りの愛国者だ。
女で病弱な彼女が国のために出来る事は何か。
彼女がたどり着いたのは暗号のスペシャリストになることだった。
難解な暗号をいくつも開発し、普通の手紙に見せかけた暗号文を瞬時に解読。
一日の大半をベッドの上で過ごしながら、ローランズ王国の発展に大きく貢献した女性。
国王が信頼するのも当然だった。
それを知るごく一部の者は彼女をオルコットの秘宝と呼んだ。
彼女の忠誠心と頭脳は我が国の宝。
まさにオルコット家に秘されし珠玉の宝石と。
そんな彼女の娘が送ってきた手紙がただのラブレターのはずがない。
「オルコットの秘宝の真の意味は、暗号のスペシャリストであったエリザベスを讃える称号だ。公にはされていない。知っているのは、父上と母上、それに一部の側近だけだろう」
「エドワード様は何故知っておられるのです?」
「これでも王位継承権第一位だからな、隠す必要もない。父上にどうだ余の忠臣は凄いだろう?と自慢された。年寄りの自慢話は長くて困る」
この話の続き、エリザベス・オルコット令嬢とジェラルド・ルイス侯爵との政略結婚。
それとエリザベスが命がけでジュリアンナを産んだ意味の方が俺には重要な話だったが。
「そうですか。我が父も死者であるエリザベス様については私に語る必要はないと考えていたのでしょうね。……そうなると、この手紙も単なるラブレターではないと」
「オレにはラブレターにしか見えねーな。頭脳労働は専門外だし」
「最初から貴方のような脳筋に期待などしていません、キール」
「ひでぇーぜ、サイラス」
「それでだ。この暗号文を専門家に見せるのは最終手段にしたい。ジュリアンナの情報はあまり広めたくないからな」
サイラスに手紙を渡すと食い入るように見ている。
「文字を2つずらして……いえ、そんな初歩的な暗号な訳がないですね」
「ルーザー暗号はどうだ?」
「ダメです。意味が通りません」
「なー、やっぱりラブレターなんじゃ……」
「黙れ、キール」
――――コンコン
いくつかの解読方法を試していると執務室にノックが響いた。
「失礼いたします。ライナス・オルコット将軍が面会を求めております」
「通してくれるかな」
侍女に理想の王子様の笑みで答えた。
すると侍女は頬を朱に染めた。
つまらない。ジュリアンナのように睨みつけてくる方が愉快だ。
「失礼します」
入室して来たのはストロベリーブロンドの40歳の男。
時期オルコット公爵家当主で将軍のライナス・オルコットだ。
「やあ、ライナス。今日はどう言った用かな?」
そう言うとライナスは盛大に顔を歪ませた。
「気持ち悪いんで止めてくれます?鬼畜王子殿下」
「ずいぶんな挨拶だな」
俺はすぐに素に戻った。
ライナスは幼い頃によく俺の護衛をしていたから、本性は知られている。
「お久しぶりです、ライナス将軍」
「サイラス……相変らず苦労しているようですね」
「将軍、珍しいっすね。王宮にいるなんて」
「可愛い上の娘の頼みなのでね」
「上?確かライナス将軍には娘さんは1人だけのはず」
「ジュリアンナのことだろう」
俺は端的に告げた。
幼い頃のジュリアンナはよくオルコット公爵家に預けられていたと聞いた。
尤も調べたのはジュリアンナが『リーア』だと判明してからだが。
「おやおや、御調べになったのですか?」
「俺が探していた女だからな」
「私も驚きました。あの子の演技は完成されたものでしたが、幼い内に鬼畜王子殿下を敗北させるほどの実力だったとは。まあ、薄々『リーア』はアンナのことではと思っていましたが。それにしても、殿下はアンナのことをどう思っているのですか?」
「どうとは?」
「具体的に言いますとアンナをご自分の王妃にするつもりで? 愛情がないのであれば我がオルコット家は敵になりますが?」
「ジュリアンナは俺の為に産まれてきたのにか?」
ジュリアンナは第二王子である俺の妃となるため、エリザベスが命がけ産んだのだ。
当時、教会派貴族が暗躍し始めたことを警戒したエリザベスとジェラルドは政略結婚をした。
両家の結びつきを強くし、王家の血を持つ子どもを産むためだ。
オルコット家とルイス家には何度も王族が降嫁している。
その血筋を受け継ぐ子は第二王子の良き後ろ盾になるだろう。
男なら臣下に女なら妃にと。
「最初はそうだったとしても、今は違います。エリザベスは確かに筋金入りの愛国者でした。それは同じ愛国者の男と結婚し、命を賭して産んだ子を政治の道具にしてしまうほどに。ですがエリザベスは言っていました。『わたくしが国の為に尽くせるのは愛してくれている家族がいるからです。だから生まれてきた子どもをよろしくお願いします』とね。それをあの男はエリザベスが死に、後妻のカレンが死んで放棄した。故にルイス姉弟は国よりもお互いを大事にするようになってしまった。それなのに今更あの男は二人を国に縛りつけようとする」
吐き捨てるようにライナスが言った。
あの男とは宰相のジェラルド・ルイスのことだろう。
「ふむ、俺はどちらも欲しいんだがな。ジュリアンナ・ルイスもヴィンセント・ルイスも。どうすればくれるんだ?」
「ヴィーに関しては無理でしょう。あの子はアンナ一筋なので。アンナに関しては……あの子が殿下を愛し、殿下があの子を愛して下さるのならば。しかし、父――オルコット公爵はそうは思っていません。アンナをオルコットの一員にしたいと思っています。私の息子、テオドールと婚約させたいようです」
「愛する……か。考えたこともなかったな」
「はぁ!?エドワード様はジュリアンナ嬢にあんなに執着しているじゃないですか!!」
「無自覚ってヤツか」
「そんなに俺は判りやすいか? サイラス、キール」
「判りやすいなんてものじゃないです。本性丸出しでジュリアンナ嬢と楽しく会話していたくせに。他の令嬢の前では、あんな真っ黒な笑顔見せませんよね?」
「お嬢に反撃されて、エド喜んでただろ。あんなに嬉しそうな顔見たことなかったぜ?」
「俺はジュリアンナが好きなのか……?」
「まあ、頑張って下さい。ちなみにアンナには他国の王族や、ある貴族からの縁談もありますので」
ジュリアンナはその血筋や美貌、それに才覚によって多くの求婚者がいる。
王妃としても立派に務めを果たすであろうことから他国の王族からの政略結婚の打診もある。成人まで婚約者を作らないとルイス侯爵が公言しているため、婚約にまで至っていないが。
「ある貴族か。あの男はまだ諦めていないのか?」
『ある貴族』、ライナスの言葉に俺とサイラスは瞬時に理解した。
今俺たちが敵対している貴族のことだ。
「ええ、しぶとくて困っています。ルイス家もオルコット家もね。――さて、そろそろ用事を済ませたいのですが……」
「そう言えば何の用だったんだ?」
「これですよ」
ライナスが俺に差し出したのは一通の手紙だった。
確かに渡しましたからとライナスは言って、執務室を出て行った。
俺はサイラスからペーパーナイフを受け取り、封を開けた。
ジュリアンナの頼みだと言っていた。
ならば何かの資料だろうか?
あの王都教会の中で外部との連絡を取るのが難しいのは判っている。
そうなると、潜入前の資料を時期を見て渡す手筈になっていたのかもしれない。
手紙にはこう綴ってあった。
拝啓エドワード様
季節の挨拶などは非効率なので省きます。
ところで今頃はわたしが書いたラブレターが届いているころでしょうか?
あれは確認したいことがあって出した手紙であって、特に意味はありません。
まあ、返事は出して下さい。
もしやと思いますが、あのラブレターを暗号などと勘違いしてはいないですよね?
第二王子殿下ともあろうお方が。
あり得ないことを書き綴るのは止めて、潜入報告に移りたいと思います。
まず悪魔崇拝についてですが――――
「ふ、ふっふっははは」
何てことだ。
外部とこんなに迅速に連絡を持つ手段を持ち、尚且つ俺がオルコットの秘宝の真実を知っていることを織り込み済み、それを踏まえてこちらを翻弄するなど――――
俺は何時も翻弄する側だった。
故に腹黒王子や鬼畜魔王などと呼ばれている。
それがどうだ?ジュリアンナには容易く翻弄されてしまう。
なんて、なんて、面白い。
認めよう、俺はジュリアンナを愛している。
重厚な演技の仮面を着けた彼女翻弄し、隠された素顔を暴きたい。
彼女に触れて、彼女の感じている世界を見たい。
ああ……これほど俺を引き付ける女は他にいない。
ならば、俺がジュリアンナに愛されたいと思ってしまうのは至極当然のことだろう?
「サイラス、便箋を。王都教会へ送っても不自然じゃないやつをだ」
突然笑い出した俺に呆れた表情を向けながら、サイラスが便箋を渡してきた。
ジュリアンナ、お前がそのつもりなら受けてやろう。
最高のデートをしてやる。
俺は『ジーク』として『エレン』への手紙を書くのであった。
漸く恋愛要素が出せました。
ちょっとジュリアンナが可哀相な優良物件?否、不良物件ですけど。