123話 怪盗の宝 2
「ディアギレフ帝国は無用な継承争いを少しでも防ぐため、一夫一妻を取っている。しかも、皇帝になれるのは、男子のみ。それ故、皇妃の世継ぎへの重圧は計り知れない。四人目の子も娘だと知った先の皇妃は精神を病み、第四皇女を存在しない者として扱い、不吉と災厄を表す名を与えて魔女と呼んだ」
「それはアヴローラ皇女のせいではないわ。でも皇妃は……彼女に罪を求めたのね」
皇妃が直面した世継ぎの問題は、王家へ嫁いだ女性ならば誰しもが経験することだろう。わたしだって、エドワードの婚約者となったからには他人事ではない。
「皇妃は魔女を罵り、暗い塔へと閉じ込めた。しかし、魔女はそれを恨まなかった。むしろ、自分が女性として生まれてきたことを嘆いていたよ。姉の三人の皇女は、魔女に心からの愛情を与え、念願の皇子が生まれて皇妃が落ち着きを取り戻し始めていたから……彼女は魔女であることを受け入れていた。私がアヴローラと出会ったのもその頃だった」
イヴァンはアヴローラ第四皇女に思いを馳せているのか、眩しそうに目を細めた。
「彼女は塔を抜け出し、民に紛れて見識を広げていた。民の食べるものを、生き方を学び、それを身体の弱い弟皇子に聞かせることを喜んだ」
アヴローラ第四皇女は皇族として蔑ろにされても、気高さと優しさを忘れなかった。生まれついての皇族なのだろう。
(政略の道具として意味を持って生まれたわたしと、生まれた瞬間に意味をなくされてしまったアヴローラ第四皇女……正反対ね。……彼女もわたしと同じで自分が生まれてきたことを憎んだことがあったのかしら)
抱く気持ちは同情でも憧憬でもない。
ただアヴローラ第四皇女の人としての在り方を、わたしは尊敬する。
「私は時折会う友人としてアヴローラと街を駆け抜け、共に笑い、喧嘩をし、その度に仲直りをして絆を深めた。やがてその気持ちは私の中で“恋”という感情に変換される。アヴローラが魔女だということを知っても、私が怪盗であることを知られても、その思いは変わらなかったよ」
「……イヴァンとアヴローラ第四皇女は恋人なの?」
「違うが……思いを伝え合ったことはある。だけどアヴローラは、皇族の罪の責任を取るために自ら塔に囚われた。彼女は魔女なのに」
イヴァンは酷く冷たい目をしながら、ゾッとするような笑みを浮かべる。
エドワードは眉間に皺を寄せた。
「皇族の罪とはなんだ?」
「……導師グスターヴを城に招き入れたことだよ」
「導師ですって!?」
サモルタ王国で暗躍していたディアギレフ帝国の刺客、レオノーレ・ダムマーヤー伯爵令嬢は、死に際に導師という人間におぞましい祝福の言葉を祈り叫んでいた。あれほどの狂気をわたしは忘れることはできない。
わたしは緊張した面持ちでイヴァンの言葉を待つ。
「身体の弱かったセラフィム皇帝は、帝位を継いだすぐにある奇病にかかった。それを治療するために呼ばれたのが、導師グスターヴ。奴は医学の知識を持った、敬虔な信徒を装い、まずは皇太后に取り入って政治を思うままにし、やがてディアギレフ帝国の全権を握った。そして用済みとばかりに皇太后と三人の皇女を殺した。それによって元々進んでいた国の荒廃が加速したんだ」
「……皇太后と皇女たちの死は、周辺国……いいや、帝国ですら発布されていない。本来ならば、イヴァンの情報をまずは疑うところだが……確かに、適齢期を迎えた皇女が一人も婚姻を結んでいないのはおかしいな」
「そうね、エドワード。広大な領地を持つ帝国ならば、尚のこと皇女を政略結婚させるはず。……残った皇族は、セラフィム陛下とアヴローラ第四皇女だけなのかしら」
嫌な予感がしつつも、わたしはイヴァンに問いかけた。
「そうです。病で抗う気力のない操り人形と、正統な血を持ちながら権力と切り離された予備……そう考えられて、セラフィム皇帝とアヴローラは生かされている」
「イヴァン。アヴローラ第四皇女は、皇族としての責任をどのように取るつもりなの……?」
「セラフィム皇帝の命は長くない。彼が死んだ後はアヴローラが皇帝に祭り上げられるだろう。そうしたら彼女は隙を見て、導師グスターヴを殺すために行動する。それができなければ……新しく王となることを望んだ勇者に諸悪の元凶として討たれ、民に希望を与える革命の礎となるはずだ」
「……魔女を救うは王の覚悟か。イヴァンはアヴローラ第四皇女を死なせたくないんだな?」
エドワードが問いかけると、イヴァンはしっかりと頷いた。
「そのために導師グスターヴに不満ある者たちに声をかけ、革命政府を作り上げた。不幸な境遇を持つ魔女を旗頭に、革命を成し遂げる。……だがそれにはアヴローラの協力が必要だ。彼女の心を動かせるのは、同じ国を背負う者である……エドワード王子と婚約者のルイス侯爵令嬢の他にいないと思った」
「確かに、不遇の皇女が国を憂いて立ち上がるのであれば、全く新しい血筋の人間が王になろうとするよりも、ローランズ王国は力を貸しやすい。だが……お前は革命後のことを考えているのか? 国とは、王が立っただけで廻るものじゃない」
「アヴローラを手に入れられるのなら、私の残りの人生すべてを捧げたっていい。国を支えるぐらい、やってのけるさ。アヴローラが望む平和を作り出してみせる」
イヴァンの強い覚悟を見て、エドワードは口角を上げた。
「では、交渉成立だ。ローランズ王国は革命政府の平和への願いを支援する。末永い友好関係を築こう」
「利害関係の間違いじゃないのか? でもまあ、よろしく」
エドワードとイヴァンはお互いに手を差し出し、固い握手を交わした。
ひとまず、革命政府とローランズ王国の利害は一致した。
ディアギレフ帝国とローランズ王国の戦を止める、大きな一歩となるだろう。
「革命政府とローランズ王国が表に立って動き出すには、アヴローラ第四皇女の協力が欠かせないわ。彼女をこちら側へ引き込む作戦をたてないと」
わたしがそう言うと、カルディアが自信満々な顔で立ち上がった。
「それなら、安心してくれたまえ。私と軍師殿で、とっておきで刺激的な作戦を考えておいたよ!」
「……嫌な予感しかしないわ」
「同感だな」
わたしとエドワードは揃って頬を引きつらせた。