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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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121話 脚本家は未来を守る

「軍師殿のおかげで、アンナを怒らせてしまったよ。アンナの説教は、うんざりするほど長いんだ」


「そんなの小さい頃から兄妹同然に育ってきた私もよく知っているよー。アンナの説教は長いだけじゃなくて、ネチネチと正論を吐くし……とにかく最悪なんだ」


「確かに。真っ当な意見ほど耳に痛いものはないね」


「そうそう。真っ当に生きるって疲れるし、面倒くさいのにねぇ」



 テオドールとカルディアは、不服そうにコソコソと囁き合ってている。



「何故、説教を受けなければならない事態になったのか、自分の胸に聞いてみることね」



 わたしが見下ろしながらそう言うと、テオドールとカルディアは自分の胸に手をあてて、示し合わせたかのように首を傾げた。



「「何故?」」


「どうして分からないのよ……!」



 わたしが頭を抱えると、イヴァンがけらけらと笑い出す。



「そんなに怒らないでよ、お姫様。彼らなりの理由がちゃんとある。話を聞いてやってくれ」


「…………分かったわ」


「エドワード王子もそれでいいよね?」


「聞かないわけにはいかないだろうな」



 エドワードの一言で、テオドールとカルディアは正座から解放される。

 そしてわたしたちは部屋のソファーに座り、調子の狂った状態で革命政府との交渉が始まった。

 

 イヴァンとテオドール、カルディアが横並びに座り、向かい合うようにわたしとエドワードが座る。窓はイヴァンによって開け放たれ、部屋は元の明るさを取り戻した。


 マリーはわたしの後ろに護衛として控え、傷だらけの灰猫もヨロヨロとした動作でイヴァンたちの後ろに回った。



「イテテッ、相変わらず強いね、黒蝶は。罠を張っていたのに、歯が立たなかったよ」



 灰猫がそう言った瞬間、彼の顔の脇を銀色の影が掠める。灰猫の後ろの壁にフォークが刺さっていた。



「次ぎにその名前を口にしたら、貴方の臓物を引きずり出してパスタにします。味はミートソースでいいですか?」


「……ごめん」



 灰猫はカルディアの後ろに隠れて呟いた。

 わたしを灰猫の行動を見て、カルディアに胡乱な目を向ける。



「……灰猫の新しい雇い主はイヴァンではなく、カルディアなの?」


「そうだね。護衛もちょうど雇いたかったし、何より彼は経歴も性格も面白い。いいネタになると思ったんだ」


「貴女の行動原理は面白い、ネタになる以外にないの?」


「安心していい。私の一番のネタはアンナだからね。君の周りは騒がしくて、退屈しない。さあ、第二王子殿下との逃避行での出来事を包み隠さず話しておくれ! 私が面白おかしく脚色して、最高の物語にしてあげるから!」


「どうして貴女はネタが絡むと話が通じないのよ!」



 わたしは興奮するカルディアに向かって叫んだ。

 すると隣に座っていたエドワードが、訝しむようにわたしとカルディアを交互に見た。



「ジュリアンナとレミントン前男爵夫人は、随分と打ち解けているようだが友人なのか? ……王都教会の潜入で、レミントン前男爵夫人の身分を借りていたのは知っていたが、親しくなるほどの共通点を見いだせない」



 エドワードの言いたいことも分かる。わたしはルイス侯爵令嬢として、社交界の中心であり続けてきた。方やカルディアは、家督争いを嫌って貴族社会から遠ざかって修道女となった後に、年の離れた男爵と結婚。男爵が死んでからは莫大な遺産を相続した未亡人として、社交界で酷い噂を流されていた。


 あまりに異なる境遇。


 わたしとカルディアが貴族として心を通わすことなんて、普通に考えたら不可能だ。

 エドワードも、王都教会でカルディアの身分を借りることができたのは、何かしらの取引があったからだと思っているに違いない。



「カルディアは、わたしの……かけがえのない親友よ」


「そうだね。身分なんて、私とアンナの間に意味をなさない。昔も今もこれからも」



 カルディアは何があっても、わたしを裏切ったりしない。そしてわたしもカルディアを裏切らない。誰もが分厚い仮面を被った社交界の恐ろしさを知っているわたしたちは、血の繋がりも派閥による制約もない状態でできた友の尊さをよく知っている。



「そこまで言うのなら、俺もレミントン前男爵夫人を信じよう」


「私も第二王子殿下を信じるよ。あれだけ頑なだったアンナの心を溶かした人だからね。是非とも良い関係を築きたいものだよ」



 カルディアはそう言うと、妖艶な笑みを浮かべた。

 わたしにはどう見ても、面白いネタの供給源が増えたとほくそ笑んでいるようにしか見えない。



「それでカルディア。どうして貴女がディアギレフ帝国にいるの? 王家に黙って革命政府に協力しているなんて、ローランズ王国への反逆と見なされてもおかしくないのよ」


「それは分かっているよ、アンナ。だがね、ローランズ王国とディアギレフ帝国の戦争が本格的に始まれば、どちらかが滅ぶまで止まらないだろう。泥沼の戦争の果てに勝利を手にできたとして、何が残る? 栄光だの、名誉だの、そんな幻なんかでは誤魔化されない。残るのは疲弊した国土と民、苦渋に満ちた未来だけだ」



 カルディアは珍しく苦々しい顔でそう言ったが、次第に瞳に強い意志が宿る。



「私はね、そんな未来を受け入れられない。レミントン男爵家の家族を……アンナを……少しでも守りたかった。革命政府の噂はレミントン男爵家の経営する商会から聞いていたし、帝国のオルコット領攻撃と同時にパトロンとなって支援を始めたんだ。お金ならいくらでもあることだしね。お節介だったかい?」


「いいえ。こうして革命政府が、ローランズ王国が利用したいと思えるほどの規模になったのは貴女のおかげよ。……一言、わたしに相談して欲しかったけれど」


「それでは面白くないじゃないか! 刺激的な演出が足りない!」


「……本当は、面白そうなネタになるから革命政府に介入したんじゃないの? ディアギレフ帝国に来たのは、本来の仕事から逃げるためじゃないの?」



 わたしがジトッとした目で問いかけると、カルディアはあからさまに目をそらした。

 そしてエドワードに一冊の本を渡す。



「さあ、第二王子殿下。お近づきの印にわたしの本をあげよう。アンナの要望通り、サインも書いである」


(……そう言えば、カルディアに新作ができたらサイン本をエドワードとリリーに渡したいってお願いしていたんだったわ)



 サモルタ王国へ向かう前の約束を思い出し、わたしは少し不安になった。サイン本を融通してもらう対価を何にするのか、カルディアとまだ話し合っていない。



(……絶対にエドワードとのことを根掘り葉掘り聞かれるわ……! カルディアに借りなんて作るんじゃなかったわ)



 カルディアは、貴族夫人以上の噂好きだ。

 わたしは一気に心が重くなった。



「……これは、アドルフ・テイラーの本か? レミントン前男爵夫人が作者だというのか?」



 エドワードは驚愕の表情を浮かべる。

 それもそうだろう。アドルフ・テイラーといえば、ローランズ王国のみならず、他国でも知名度のある一流の作家だ。それがこんな面白さのためなら、隣国の革命にも力を貸す変人だとは思うまい。



「ふふっ、私のすごさが漸く分かったかい? 広報活動は任せてくれたまえ。革命政府の脚本家である私が、劇的な革命の物語を紡いであげよう」



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