120話 お騒がせな黒幕
「な、なんでもないわ」
わたしは慌ててイヴァンから離れる。
すると、エドワードが何かを恐れるように、わたしを強く抱きしめた。
「……お前を失ってしまうかと思った」
「大袈裟ね。わたしはここにいるわ」
「行動力があるのは素晴らしいが、あまり心配をかけるな」
エドワードはわたしの頬に手を添えると、柔らかな笑みを見せる。
「それで? 何故、見知らぬ男と手を握り合っていた」
一気にエドワードの笑みが氷点下に落ちた。
ばつの悪くなったわたしは彼から目を逸らそうとするが、ガッチリと顔を掴まれて身動きがとれない。わたしは諦めて、エドワードの双眸を見つめる。
「エドワードも彼とは初対面じゃないわ。ポーカーゲームをした酒場の店主よ。……正義の怪盗の正体でもあるけど」
「……目立った特徴がないから、顔なんて覚えていなかったな。……俺の妃と知って、ジュリアンナに手を出そうとしていたのか?」
エドワードはイヴァンを睨み上げた。
だがイヴァンはそれに堪えた様子はない。
「そんな恐れ多いことはしませんよ。私とジュリアンナ様は演技で遊んでいただけです。いやはや、よい友人になれそうだ」
「……ジュリアンナと友人だと?」
「もちろん、エドワード王子ともですよ。貴方がジュリアンナ様を追いかけてくる人で良かった」
イヴァンは一頻りと笑うと、エドワードに一礼した。
「私の名はイヴァン。怪盗業を営んでおりますが、その傍らで革命政府の指導者なんかもやっております。この度は突然の招待に応じていただき恐悦至極に存じます」
「……怪盗が革命政府の指導者ですって?」
「俺たちをここに来させた理由はなんだ?」
わたしとエドワードがイヴァンに疑問を投げかけた瞬間、部屋の中が暗闇で満ちる。窓を見ると、いつの間にか外からシャッターを閉められていた。
「敵襲か!?」
「お嬢様、私の後ろにお隠れください」
「お願いね、マリー」
暗闇の中だが、ぼんやりと見えるマリーの背中を見てわたしは少しだけ安心した。
廊下からカツンカツンとピンヒールで歩く音が聞こえる。その音は徐々に近づき、開け放たれた扉から真っ黒い喪服を着た女が、ランタンを持って現れた。
「理由? 人が命を賭けるのは、愛のためと創世記から決まっているだろう。だから私は物語を紡ぎ続けるんだ」
「カ、カルディア!? 貴女、どうしてディアギレフ帝国にいるの!」
喪服の女は、わたしの親友……カルディア・レミントン前男爵夫人だった。
何故、どうしてと、疑問が尽きないが、カルディアはいつも通りに艶然とした笑みを浮かべるだけで、わたしの質問には答えてくれない。
「さあ、軍師殿。そろそろ登場のお時間だ」
カルディアがパチンッと指を鳴らすと、今度は天板が外れて大きな人影が降りてくる。
「アンナと殿下が到着したから、やっと私も楽ができそうで安心したよー」
(……このやる気のない言動は、まさか……嫌な予感がするわ)
本能が警告した通り、カルディアのランタンで照らされた人影の顔は、わたしの良く見知った男だった。
「テオドール。お前はオルコット領で戦の指揮を執っているはずだろう!」
「ええー。そんなに怒らないでよ、殿下。耳がキンキンするよー」
エドワードがテオドールに掴みかかるが、彼は耳を押さえてヘラヘラと笑っているだけだ。
カルディアとテオドールのふざけた態度に怒りの沸点が越えたわたしは、できるだけ穏やかに優しく微笑んだ。
「テオ、カルディア、こんなところで何をしているのかしら?」
「「ちょっと隣国を革命しに」」
「そこに直りなさい!」
「「はぃぃいい!」」
扇子で自分の手のひらを思い切り叩くと、カルディアとテオドールが怯えた目をしながらわたしの前に正座した。