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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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119話 演技者の御茶会

ジュリアンナ視点に戻ります。




 怪盗はわたしを攫った後、道端に停めてあった上等な馬車にわたしを押し込めて姿を消してしまう。

 御者は怪盗の息がかかった者で、事務的な言葉しか交わさず、満足な情報を得ることが出来ずにいた。


 わたしは怪盗のねぐらと思われる帝都の建物に連れてこられると、これまた無口な侍女たちに風呂に入れられ、ドレスを着せられ、飾り立てられていた。貴族に対するもてなしなのだろう。



(……少しは情報が欲しいところだけど)



 帝都に着いてから建物に入るまで目隠しを付けられていたので、わたしはここがどこなのか分からない。わたしが押し込められた部屋は、貴族というよりは裕福な平民の家のような内装だ。



「髪型はゆるく纏まっているものがいいわ。アクセサリーは派手なものよりも華奢なものでお願い」


「……」



 染料が落とされてすっかり元に戻った髪を拭く侍女に、わたしは遠慮なく要望を伝える。


 わたしを攫ったことが交渉の人質にすることだったとしても、これくらいの我が儘は許されるはず。されるがままでなく、自分で選び飾り立てたのであれば、これから行われるであろう話し合いに挑む気概が持てるというものだ。



「ありがとう。とてもよい腕ね」


「……」



 余程厳しく躾けているのか、侍女はわたしのねぎらいの言葉にも反応することなく、一礼して部屋を去って行く。もちろん、部屋の鍵を閉めるのも忘れない。



(……前途多難ね。エドワードがわたしを見つけてくれる前に、少しでも情報を集めて有利な状況を作りたかったのだけど)



 わたしは窓際に置かれたソファーに腰掛ける。

 窓は曇りガラスになっていて、外の様子を窺うことができない。分かることと言えば、今が日中で天気が晴れだということだけだ。



「本当に淡い金色の髪に、深い紫色の瞳を持っているんだ。お姫様のようだ……って、君は本来姫となってもおかしくない身の上だったか」


「……貴方が怪盗の正体だったの? わたしも騙されたものね」


「驚いた?」



 音もなく鍵を開けて、怪盗――酒場の店主は、己の優位を示すように悠然と微笑む。

 わたしは会話の主導権を渡さないため、淑女らしく凜然と相対する。



「女性のポケットに物を入れるなんて、礼儀がなっていないと思うのだけど?」


「そう? でも私は平民だから。お姫様の礼儀を解かれてもね。トランプが予告状に変わっているなんて、結構ロマンチックな演出だと思うけど。それに、君とエドワード王子のイカサマを黙っていてあげただろう。私に感謝するところじゃない?」


「あのポーカー勝負で一番得したのは貴方でしょう? さぞ、あの日の売り上げは良かったでしょうね」


「そりゃもう、新しい怪盗の仮面を買ってしまうほどにね」



 怪盗は仮面を見せびらかしながら、わたしと向かい合うかたちで座った。

 侍女がテーブルの上にお茶とお菓子を置いていくが、わたしはそれらに一切手を付けず、ただ真っ直ぐに怪盗の瞳を見つめた。



「そんなに熱心に見られると照れてしまうんだけど?」


「嘘つきは目を合わすと逸らすのよ」


「へぇー。でも私は嘘なんてつかないから、お姫様に見つめられると嬉しいね」



 怪盗は面白がって、頬杖をつきながらわたしを見る。

 わたしは茶番に付き合うのも馬鹿らしいので、さっそく本題に移ることにした。



「知っているようだけど、わたしはルイス侯爵家が長女ジュリアンナよ。けれど、場合によっては、ただのジュリアンナになるわ」


「都合が良いんだね」


「なんとでも。それで、貴方の名前は?」


「私の名前はイヴァン。ただの怪盗さ」 

 


 わたしは目をスッと細めた。



「……革命政府と繋がりがあるというのに、貴方が“ただの怪盗”ですって……?」


「なんとでも。私は怪盗としての生き方を曲げたことはないし、これからも曲げるつもりもない。革命政府については、今は話す気もないしね」


「話す気がない、ですって?」


「まだ役者が揃わない。君の王子様もそうだし、私の協力者たちもね」



 イヴァンはそう言うと、お茶とお菓子を楽しみ始める。

 これ以上追求しても、イヴァンはわたしに革命政府のことを話す気がないのだろう。


(手荒な扱いをする気配もないし、ひとまずはエドワードが来るまで待ちましょう。イヴァンもそのつもりみたいだし)



 わたしはティーカップを持ち、毒が入っていないか念入りに香りを嗅ぐ。茶葉の爽やかな香りしかしないことを確かめると、少しずつお茶を飲み始めた。



「エドワードはいつ頃こちらへ来るの?」


「彼が街に着いてからだから……数日中だろうね」


「それまで暇ね」



 そう呟くと、イヴァンはキラキラした目でわたしを見る。



「だったら私とお話しようよ。ジュリアンナとはずっと話をしたいと思っていたんだ!」


「話……?」



 あっけにとられるわたしを気にすることもなく、イヴァンは続けた。



「今は戻っているみたいだけど、瞳の虹彩はどうやって変えていたんだ!?」


「特別な目薬を開発させたの」


「譲ってくれ!」



 イヴァンは捨てられた子犬のような目をしながら、わたしの手を握った。

 そしてわたしは、すぐに振り払った。



「嫌よ。わたしも質問があるわ。酒場の店主と怪盗では、雰囲気も仕草も異なっていた。完璧に演じていて、わたしでも騙されてしまったわ。どこかで訓練を受けたの?」


「親父からな。まあ、根っからの演技者の家系ってこともあるけど」


「演技者の家系……わたしは独学で演技を身につけたの。どのような訓練をするのか気になるわ」


「おい、独学であんな完璧に旅芸人を演じていたのかよ。今更教えることもないように思えるが……少し私と演じてみるか?」


「いいわね!」



 わたしとイヴァンはソファーから立ち上がると、即興で演技を始める。

 演目はローランズ王国のみならず、ディアギレフ帝国でも有名な騎士物語で、ふたりで何役もこなして演技を楽しんでいく。

 だが、主人公の騎士とヒロインのお姫様が再会するシーンを演じていると、何やら部屋の外が騒がしくなった。


 熱中していたわたしとイヴァンが訝しんでいると、扉が大きく開いた。

 そしてボロボロになった男が投げ入れられる。その男の顔を見て、わたしは目を見開いた。



「灰猫!? なんで、こんなところに……」

 


 灰猫はわたしをローランズの王宮に連れて行った後、新しい雇い主の下へ行ったとマリーが言っていた。彼の雇い主はイヴァン……もしくは、革命政府なのだろうか?

 灰猫に疑念を抱いていると、複数の足音がこちらへ近づいてくる。



「ジュリアンナ、無事か!?」


「お嬢様、ご無事ですか!?」



 現れたのはエドワードとマリーだった。

 無事に再会できた喜びが沸き上がるが、エドワードは怪訝な顔でわたしを見る。



「……ジュリアンナ、その手はなんだ……?」



 驚きと嬉しさで忘れていたが、わたしはイヴァンと向かい合わせで手を握り合っていた。



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