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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
123/150

117話 合流 1

エドワード視点





 ――ジュリアンナが怪盗に攫われた。

 その事実に胸が掻きむしられる衝動に駆られながらも、俺は剣を鞘に戻し、役者のエドとして演技を続ける。



「……必ず見つけよう。何年かかろうとも、世界の果てまで追いかけて、君を手に入れてみせる」



 ジュリアンナは怪盗と会話を交わし、奴に攫われた方が効率が良いと判断したに違いない。俺から怪盗に心変わりをしたとは思えない。ジュリアンナのような美しく高潔な女の隣に立てるのは、俺ぐらいだからだ。



(……早く迎えに行かなくては。ジュリアンナは興味がなくとも人を惹きつける。あの不埒な怪盗が、彼女の魅力に気づく前に取り戻さなければ……!)



 昨日とは違う公演内容と、怪盗の登場にギャラリーはどよめいている。焦る気持ちを抑え、俺は軟派な貴族のように、芝居がかった動作でお辞儀をした。



「本日の黒猫劇団の公演はこれで終了となります。最後まで見ていただき、ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております」



 盛大な拍手と共に、屋根の下に置かれた木箱の中にチップが入れられていく。

 俺が屋根から飛び降りると、一部の女性客が詰め寄ってきた。



「今日も素敵でした!」


「正義の怪盗と、お知り合いだったんですか!?」



 少女と言って差し支えない年齢の彼女たちは、遠慮なく俺に好奇心をぶつける。煩わしく思うが、彼女たちはチップをくれたお客様だ。俺は王子らしい優しげな笑みを浮かべる。



「今日も見に来てくれてありがとう。彼は正義の怪盗じゃないよ。うちの劇団員。事情があって少しこの街に来るのが遅れていたんだ。楽しんでくれたのなら、彼も喜ぶはずだよ」


「よく似ていたけれど、やっぱり本物じゃないのね」


「正義の怪盗の衣装を作るのは大変だったよ。色々な人に聞き込みをして作り上げたんだ」



 正義の怪盗と俺に繋がりがあると、ディアギレフ帝国側に思われたら面倒なことになる。

 俺はさりげなく――だが、大勢に聞こえるように、先ほどの怪盗が劇団員だという嘘を浸透させた。



(……もう、この街に長居する用はないな)



 ジュリアンナが怪盗によってどこに連れ去られたのかは分からない。この街にいる可能性はあるが、どっちにしろ、俺一人で見つけるのは効率が悪すぎる。



(やはり、怪盗は革命政府と繋がりがある。ジュリアンナを攫ったことにどんな意味があるのかは分からないが、俺が目指す場所は変わらない)



 俺は木箱からチップを取り出すと、無造作にポケットに突っ込み、荷物を持って、本来ジュリアンナと乗る予定だった帝都行きの辻馬車へ乗り込む。

 本当は馬でも買って、いち早く帝都へと駆け出したかったが、目立つ真似はできない。



(……待っていろ、ジュリアンナ)


 俺は寂しがり屋で意地っ張りな可愛い婚約者を想いながら、馬車に揺られる。


 結局、俺が帝都に着いたのは、ジュリアンナが攫われて二日後のことだった。








 帝都三番街は思っていたよりも治安の悪いところだった。

 商業が盛んではないが、それなりに営まれている。しかし、商人たちはどこか目に怯えを滲ませて活気がない。代わりに、街を我が物顔で彷徨く見るからに粗野な連中が目に付く。



(……ローランズ王国へ出兵したことで、帝都を守る軍人が少なくなったのか。普通は国の拠点を疎かにしてまで戦を仕掛けることはないんだがな。皇帝は破滅願望でもあるのか?)



 俺はディアギレフ帝国の王家に疑念を抱きながら、目立たないようにフードを被った。



(とりあえず、情報収集をしてキールたちと合流を――――)


「動かないでください」



 淡々とした女の声がしたかと思えば、殺気と共に、背中にピタリと堅いものが突きつけられる。おそらく、ナイフの類いだろう。

 俺は振り返ることもなく、小さく息を吐いた。



「その声は……マリーか。ご主人様の婚約者に刃を突き立てるなんて、どういう了見だ? まあ、俺をこんなにも早く見つけられたのは、さすがジュリアンナの侍女と言ったところだが」


「皮肉は結構。お嬢様はどうしたのですか?」


「キールとモニカも一緒か? そのことを含めて、全員で相談したい」


「……お嬢様は無事なのですか?」



 僅かに声を震わせてマリーは俺に問いかけた。

 無事だと言ってやりたいが、生憎、優しい嘘というのは好きではない。だから俺はマリーに目の前で起こった事実と、推測を話すことにする。



「ジュリアンナは……二日前に正義の怪盗に攫われた。おそらく、革命政府のところにいるのだろう」


「貴方がいながら――いいえ、これはわたしがお嬢様の御側を離れたからですね。失態です」



 マリーは悔しそうにそう言って、武器を降ろした。

 そして俺はゆっくりと振り返る。すると、深い藍色の髪の少女がこちらへ駆け寄ったのが見えた。



「マリーさん、堅パンを片手に持ったりしてどうしたんですか? そちらの方は……もしかして、エドワード殿下!? よくぞご無事で」



 モニカは買い物袋を抱えながら、泣きそうな顔で俺との再会を喜んだ。

 しかし、俺はモニカに応えることもできず、視線はマリーが持っている、細く長い堅パンに向けられる。



「俺の背中に突き立てたのは……堅パンだったのか?」


「ええ、堅パンです。それ以外に何があるのですか?」



 俺は堅パンとナイフを勘違いしていたことに気がつき、羞恥と怒りがフツフツと湧いてきた。



「……さすがジュリアンナの侍女だ。良い性格をしているな……!」


「お褒め預かり光栄です」



 マリーは無表情でそう言うと、侍女らしくスカートを摘まんで小さく礼を取った。


 ……薄々気づいてはいたが、どうやら俺とマリーの相性は最悪らしい。



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