115話 正義の怪盗
「サムじゃない! 久しぶりね。こんなところで会うとは思わなかった」
「全くだ。それに王子はやめろと前も言っただろう?」
わたしとエドワードは余計なことを言うなよという念を送りながら、サムへ気さくに話しかけた。
「そうだったな。悪かった、悪かった」
サムは口では謝っているが、彼の顔には『面白そうなことになった』と書いてある。
妙にピリピリとしたわたしたちの間に、復活した店主が肉の盛られた大皿を持って現れた。
「黒猫劇団のお二人とサムさんはお知り合いなんですね。いやーこんな偶然もあるんだな。いつも通り食べていってくださいよ。二階に席を用意しますんで、ゆっくり旧交を温めてください」
「悪いな、店主!」
慣れ親しんだ彼らのやり取りに、わたしとエドワードは疑問符を浮かべる。サムはディアギレフ帝国軍を名乗り店内を改めると言っていたのに、彼の顔を見た客たちは、怯えることも苛立つこともなく、いつも通りに振る舞っている。
「まあ、サムさんにはいつもお世話になっているんでいいですよ。あ、酒類は別料金を取らせていただくので御了承を」
「分かってるよ。今日はコイツらが俺の分も払うから。……なあ、いいだろう?」
そう言ってサムはエドワードに含みを持たせた視線を向ける。
「……いいだろう。ただし、節度は持てよ?」
「今夜は良い酒がたんまり飲めそうだぜ!」
サムはエドワードの言葉を無視して、この店で一番高い酒を注文した。
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「それで紅焔の狼。どうしてお前がディアギレフ帝国軍に入っている?」
二階にはわたしとエドワード、それにサム以外の客はいない。
エドワードは素の口調に戻り、不快感を隠そうとせずにサムへ質問した。
「酷ぇ言い方だな。元ご主人様」
「……エドワードが元ご主人様ってどういうことなの?」
「マクミラン公爵家を解体した後、サムは暫く俺の元でただ働きをさせていた。奴はあくまで雇われていただけで、王権簒奪を願っていた訳ではなかった。使えそうだからそういう処罰を下したんだが……不服か、ジュリアンナ?」
「いいえ。ルイス家はエドワードに教会派への処罰を任せた。だから不服に思うことなんてない……と、胸を張って言いたいところだけど、これからのサムの言動次第ね」
「そうだな。俺も事の次第にっては、殺さなかったことを後悔するかもしれん」
サムは串焼きを口いっぱいに頬張ると、呆れた目でエドワードを見た。
「物騒だな。そんな心配しなくても、俺はお前たちをディアギレフ帝国の上層部に売ったりしねーぜ? そんなコネもないし、旨味もない」
「貴方は傭兵よね? それなのに、どうして憲兵なんてしているの?」
「俺はもちろん、傭兵としてディアギレフ帝国軍に入ったさ。だけど、時期が少しだけ遅くてな。この国がローランズ王国に攻め込んで人手不足になったんで、俺みたいな傭兵が憲兵の下っ端の真似事をさせられているんだよ」
「傭兵に憲兵の仕事をさせるなんて正気か? 見てみろ、職務怠慢も甚だしいぞ」
「違いないな。俺は飯を奢られちまうと、怠ける癖がある。まあ、この街が怪盗の縄張りだからな、不真面目じゃないと住民に殺されちまう」
「……怪盗の縄張りとは?」
エドワードがそう問いかけると同時に、店の外から人々の興奮した叫び声が聞こえてくる。
「怪盗は狙った獲物は逃さない。予告状を送られた貴族が怪盗から宝を守れたことなんてないんだぜ。しかも庶民から圧倒的な支持を得ていて、正義の怪盗なんて呼ばれているしな」
「正義の怪盗? 矛盾した呼び名ね」
「正義と湛えられる理由は……まあ、見た方が早いか」
サムは手近にあった窓を開けた。そこから街を覗けば、住民たちが何かを懸命に拾っている。
「……何を拾っているのかしら?」
「悪徳貴族たちが溜め込んだ、本来は自分たち庶民が稼いだ血税……まあ、単純に金なんだが」
「金をばらまくなんて馬鹿なことを誰が……ああ、そこで先ほどの怪盗が出てくるのか」
「そうだ。怪盗は盗んだ宝の一部ああやって庶民に還元するんだよ。自分の味方をしてくれっていう見返りを求めたものだろうが」
怪盗なんて謳っても、王侯貴族からすれば盗人と同義だろう。もしもこれがローランズ王国で行われていたらと考えると、頭が痛い。
「いくら庶民を味方につけているとは言っても、国が黙っていないでしょう?」
「まあ、そこは怪盗も警戒しているだろうさ。反政府勢力……革命政府とか名乗っている連中の力が大きい街でしか金をばらまかねーんだ。おかげで軍の風当たりも強いのなんのって」
「まるで他人ごとね」
「ま、俺はお気楽な傭兵なんで。この国がどうなろうと知ったことじゃない。……酒代の情報は話したぜ。雇い主も待っているし、失礼するわ」
サムはそう言い残すと、あっさりと帰ってしまった。
「……食えない奴ね」
「そうだな。まさか、紅焔の狼に借りを作るとは」
「保身を考えただけでしょう。ローランズ王国から狙われたくないもの」
わたしとエドワードは会計を済ませると、足早に酒場を出た。
通りは静かで先ほどまでの熱狂の影すらない。
「この街は革命政府の手にある。そこに怪盗はつけ込んだのかしら?」
「革命政府の支配を得れば、怪盗が来る。だから革命政府側に付いたという街もあるのではないか?」
「相互利益があるってことね」
少し遅めの速度で歩きながら宿へと向かっていると、エドワードが突然立ち止まった。
「そう言えば……俺がジュリアンナのポケットに入れたトランプはどうしたんだ?」
「あ、いけない。入れたままだったわ。返しに行った方がいいかしら?」
わたしはポケットに手を突っ込み、トランプを取り出す。しかしそれは、記憶にあるよりも薄く……というか、一枚しか入っていなかった。
「……白いカード?」
おかしい。トランプは裏も表も絵が書いてあるはずだ。白いなんてあり得ない。
わたしは訝しみながらトランプを裏返した。
予告状
黒猫が横切る瑞兆の午下、女神の至宝を頂きに参上します。
正義の怪盗より