114話 嫉妬のポーカーゲーム 5
第三ラウンドもわたしが最下位だった。
賭け金は第二ラウンドと同じだが、対戦相手の男たちを浮き足立たせるのには十分だったようだ。口々に己を賞賛する言葉を言い募る。
ギャラリーは心配するように落ち込むわたしを見ている。エドワードもまた、不安げにわたしの顔を覗き込んだ。
「……アンナ、私が代わろうか?」
「ううん……頑張る。次は勝てるかもしれないし」
わたしは健気な女の子を演出するが、内心では冷静に周りを分析していた。
(種は十分蒔いたし、そろそろ悦に浸っている彼らと一緒に刈ってしまいましょうか)
舞い上がっている敵、同情的な恋人とギャラリー、皆がわたしの劣勢を確信している。ここまで丁寧に作り上げた舞台を盛り上げるには、やはり可哀想な女の子の劇的な勝利という演出が必要不可欠だ。
「……最終ラウンドを始めましょう。次こそはわたしが勝ちます……!」
クライマックスへの合図はわたしから。皆がわたしの作り上げた舞台へと注目する。
今までと同じように順番にカードをシャッフルしていく。
わたしの番になると、皆に見えない角度でカードの半分ほどに爪でキズをつけてた。そして何食わぬ顔で拙いシャッフルをして円卓の中央へカードを置く。
(どこに目印のキズがついているのかは、もう把握しているわ。精々混乱して頂戴)
手札を五枚ずつ引き、わたしは眉間に皺寄せる。
それを見て、背の高い男は口角を上げる。対して恰幅のいい男は自分の手札を見て目を見開き、顔を青ざめる。どうやら、カードの印が増えていることに気がついたようだ。
「ベット! 二枚チェンジ。 そうだなぁ……敗者に一つ命令を下せる権利を賭けるのはどうだ? もちろん、命を落とすような真似は駄目だ。たとえば……恋人と別れる、とかな」
ニタリと自信満々に言う味方に安心したのか、恰幅のいい男もそれに賛同した。
「無茶な命令はしないようにな。コール、三枚チェンジ……」
恰幅のいい男はカードを取り替えても良い役が揃わなかったのか、苦い顔をする。
わたしはそれに気づかない振りをして、堂々と声を張り上げた。
「レイズ! 命令権に加えて、有り金全部を掛けさせてもらいます」
「「はぁ!?」」
ここで初めて賭け金の上乗せを宣言すると、男たちはポカンと口を開けた。
それもそうだろう。負け続きの女が自暴自棄になったのだから。
「聞こえませんでした? 命令権に加えて、有り金ぜーんぶを掛けさせてもらいます。あ、二枚チェンジしますね。不満があるのなら、どうぞ上乗せしてくださいね」
挑発しながら、わたしは軽やかな動作でカードを引く。この時、複数のカードを同時に引き抜き、不要なカードはシャツの裾に一端隠し、その後ポケットに移動させた。
「あ、頭がおかしくなったのか? まあ、俺はお嬢さんの提示した賭け金でもいいけどな」
「……俺も」
自信があるのか、彼らはコールを選択。そしてレイズをして賭け金の上乗せをすることがなかった。
「「「勝負」」」
プレイヤーのわたしたちは同時に声を張り上げると、円卓に手札を並べる。彼らの役はツーペアのフォーカード。そしてわたしの役は……
「じゃーん! Aのファイブカードですっ」
すべてのAとジョーカーを合わせたファイブカードは、ロイヤルストレートフラッシュよりも強い役だ。場は騒然となり、興奮した声が飛び交った。
「初めて見たぞ……!」
「今まで実力を隠していたのか」
熱狂するギャラリーとは打って代わり、勝負を仕掛けてきた男たちは「騙したのか!」と叫びながら憤怒の形相でわたしとエドワードを掴み上げようとする。
だがわたしたちは一瞬目配せをすると、それぞれ一人ずつお手本のような綺麗な動作で技をかけて投げ飛ばし、腕を捻り上げて床に押しつけた。
「勝負に負けたから暴力って最低だと思うの」
「悲しいな。私たちの公演を見てくれなかったんだね。見れば……私たちの武術の腕も分かったはずなのに」
「命令権なんて面倒くさいし、適当なことをお願いしようと思っていたけど……これは、考えちゃうなぁ」
「「ひぃ、どうかお慈悲を!」」
懇願する彼らを見て、ギャラリーは「反省しろ!」と野次を飛ばして笑い出す。
険悪な雰囲気にならなかったことに安心したわたしは、彼らにこの店で一日ただ働きをすることを命じ、有り金を巻き上げる。彼らはそこそこの金を持っていたため、所持金が三倍になった。
「やったね、エド!」
「快適な旅になりそうだ」
ホクホクした顔でわたしはエドワードに抱きつき、勝利の喜びを分かち合う。
折角だから飲み直そうと注文を入れようとしたが、突如、酒場の扉が荒々しく開かれた。
「ディアギレフ帝国軍だ! 中を改めさせてもらう。店主を出せ、客は全員そのまま――おっ、こりゃまた……懐かしい顔だ」
憲兵の登場に、酒場はしんと静まり返る。
彼は遠慮もせずにズカズカと店内に入ると、わたしとエドワードの前で立ち止まった。
(……燃えるような赤い髪。そして、身の丈ほどのハルバードを背負った男。もしかして……)
嫌な予感にわたしはジットリと冷や汗をかく。
そして彼はゆっくりと軍帽を脱いだ。
「久しぶりだな。黒猫のお嬢ちゃん、それに王子さま」
マクミラン公爵の元傭兵、紅焔の狼ことサムは、戸惑うわたしとエドワードを嘲うかのように凶悪な笑みを浮かべた。