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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
12/150

12話 黒猫は舞う

 ――――なっ、何時の間に……


 銀の閃光が見えた瞬間、私は反射的に身体を右に捻った。

 すると先程まで身体があった場所に銀の閃光が軌跡を描き、床に突き刺さる。

 修道服の裾は大きく破れ、生足が覗いていた。

 しかし幸運なことに外傷は避けられた。

 一瞬でも判断が遅れていたらと思うと、冷や汗が背を伝う。


 これは斧?……いえ、ハルバードかしら?

 重量のある武器をあれほどの速さで振り回すなんて何者なの。


 ハルバードの先にいるのは白仮面の屈強な男。

 武器や身のこなしから察するに傭兵だろう。

 騎士や暗殺者の類には見えない。


 「すげぇな黒猫のお面の嬢ちゃん。……嬢ちゃんでいいんだよな? 殺せば判るか。にしてもやっぱりコレ邪魔だな」


 そう言うと男は仮面を外した。

 現れた顔にわたしは仮面の下で顔を顰める。


 サムさん……門番は仮の姿ってことね。

 わたしも人のことは言えないけれど、なかなかの演技派ですこと。


 サムさんはわたしを殺すつもりだろう。

 だから仮面を外し、素顔を見せた。


 わたしはナイフを抜き、臨戦態勢で構えた。

 尤もあのハルバードを受け止める事なんて、出来はしない。

 だが丸腰よりは余程いいだろう。

 

 「班長、何事ですか!」


 騒ぎを聞きつけたのか、数名の白仮面の男たちが背後に現れる。

 白仮面たちが持っていたランタンのせいで辺りが明るくなった。


 「お前ら侵入者だ。黒猫だがコイツは鼠、生死は問わねーが出来るなら生かして捕まえろ」


 挟まれた……どうする?

 戦うのは論外。サムさんがいる時点で勝ち目はない。

 ならば逃げ一択。

 この中ではサムさんの実力が抜きんでている。恐らくは歴戦の傭兵。

 サムさんの方から突破するのは当然厳しい。

 確率で言うと、白仮面たちの方へ行く方が成功率は高い。

 ――作戦は決まった!!


 攻撃が来る前にわたしはナイフを一直線にサムさんに投げる。

 それをサムさんはハルバードで弾く。

 一瞬の時間。

 わたしはその一瞬に賭けた。

 ポケットから煙幕弾を取り出し床に叩きつけた。

 それにより周囲が白いモヤで満たされる。

 その様子に動揺した白仮面たちの方へと駆け出した。

 間をすり抜けて、ついでにランタンを一つ失敬する。

 白仮面たちが壁になることでサムさんの追撃時間も稼げた。

 後は――――


 ポケットの中から残りの煙幕弾をすべて投げ、より濃いモヤを作る。

 狭い通路だ、モヤが晴れるのにも時間がかかる。

 しかしサムさんには悪視界など大した障害にはならないだろう。

 

 だけど爆発なら?


 わたしは白いモヤから離れると、ランタンをぶん投げた。

 ランタンが床に叩き付けられ、ガラスが飛び散った瞬間――

 

 ――――ドカーン


 小規模な爆発が起こった。


 煙幕弾は特殊な粒子の粉が使われている。

 それらがランタンの火によって引火し、粉塵爆発を誘発したのだ。


 作戦が成功したことに安堵しつつ、わたしは全速力で駆けた。

 油断は出来ない。

 逃げる――ただそれだけの行動を自身に命じた。


 入り組んだ通路を駆け抜けると、いくつかの人の気配がした。

 かち合うと面倒だ。

 わたしは声を張り上げて叫んだ。


 「『手の空いているヤツらは爆発のあった場所へ急げ!鼠がお出ましだ!!』」


 それは寸分変わらないサムさんの声。

 声帯模写。わたしが演技の分野において絶対的な自信を持つ特技だ。

 

 気配の主たちは爆発の起った方向へと向かったようだ。

 これによりかなりの時間稼ぎになる。

 爆発の状況がどの程度か確認出来なかったが、何人か行動不能になっていると有難い。


 わたしは通路を駆け抜け、漸く隠し扉を見つけた。

 病棟の通路から出て、わたしが侵入者だと思われるのは避けたい。

 何所に繋がっているかは判らないが、ここから出るしか今は選択肢はないだろう。


 隠し扉を開け、階段を上る。

 その先にあった木の蓋のような扉を押し開けた。


 そこはカビ臭く、何年も掃除していないのか埃が積もっていた。


 物置かしら?

 埃の状態から言って、数年は誰も入ったことはないようね。


 わたしが見つけた隠し扉は、サバト関係者も存在を知らないものかもしれない。

 尤も、ここからまた中に入ろうとは思わないが。


 物置を出ると、そこは王都教会の裏庭だった。

 白の寮も近い。

 幸いにも木が生い茂っているため、身を隠すのにも好都合だ。

 わたしは気配を絶ち、寮へと向かう。

 

 寮の近くへ着くと周囲を確認し、誰にも見られていないことに安堵した。

 わたしの寮室の前に生えている木に近づき、音も立てずに軽やかに上る。


 はぁ……軽業の大道芸人を演じたのが役に立つとは。

 まったく、判らないものです。


 あらかじめ鍵を開けていた窓を開き、寮室へするりと入る。

 部屋に入ると、わたしは真っ先にベッドに飛び込んだ。


 「うわぁ、死ぬかと思った」


 侯爵令嬢らしからぬ口調でわたしは吐露した。

 こんな姿をマリーがみたら、わたしに小言を言うに違いない。

 傍にマリーがいないことに一抹の寂しさを覚えながら、緊張の糸が切れたわたしは眠りについた。




#######




 サバトへの潜入をして3日が経った。

 わたしはエレンとしての日常を過ごしている。

 どうやらわたしは逃げ切ったようだ。

 しかしそれは運が良かっただけ。

 当分あの舞台にわたしは近づかない方がいいだろう。


 さて、サバトへの潜入を果たしたという一定の成果を出したわたしは、エドワードへ経過報告を行うことにした。

 事前に連絡方法は用意してもらった。

 そういう訳でわたしの手には2通の手紙が握られている。

 1通は偽装したエドワードへの手紙。

 もう一通は人気作家アドルフ・テイラーへのファンレターだ。

 つまりはカモフラージュである。

 手紙を出しに行こうと寮内を歩いていると、アンとミリアが立話をしていた。

 素通りするのもおかしいので、わたしはふたりに声をかけた。


 「アン、ミリアどうしたの?」


 「あっ、エレン。仕事から帰ったらアンがいてね、ちょっとおしゃべりしてたんだよ」


 「エレンさんはどうしたんですかー?」


 「えっとね、手紙を出そうと思って」


 わたしはふたりの前で手紙をチラつかせた。


 「それなら寮の玄関にある赤い箱に入れるといいよ。あとでカトレアさんがまとめて出してくれるし」


 「そうするね」


 本当は自分で出したいが、怪しまれるのも厄介だ。

 わたしはミリアに素直に頷いた。


 「ところでエレンさん。誰に手紙を書いたんです?」


 「テイラーにファンレターを書いたの!」


 「この間、テイラーの本借りてましたよねー。本当に好きなんですねー」


 「でも2通持ってるよね? 判った!ラブレターでしょ」


 「ラブレターですかー」


 「え!?そ、そんなんじゃないしっ」


 「うわぁ……怪しい。ちょっと見せてよ!」


 ミリアに手紙が奪われる。

 幸いにも中身を見るほど非常識ではないようだ。宛名はガッツリ見られているが。


 「ジークへって……男、確実に男だわ!恋人なのね!!」


 ジークとはもちろん存在しない人物で、エドワードとの連絡用に作られた存在だ。

 そんな存在しない人物と恋人となるのは不可能だが、否定したほうが面倒なことになりそうなので肯定しておく。


 「うん……」


 「どんな人なんですかー?」


 「お、同じ孤児院出身の人なんだけどね、頭が良くて今は割と大きな商会で働いているの。とっても優しい人なんだ」


 適当に考えていたジークの設定をわたしはふたりに話した。


 「へえー、それで?手紙には何て書いたのさ。デートの約束でもしたの?」


 「えーと」



 その後、ニヤニヤとした笑顔のミリアに詰め寄られて、アンにはからかわれた。

 次の日には仮想デートの話やジークの情報が寮の中はもちろん、患者さんにまで知れ渡っていた。

 噂って恐ろしいです。








次回はお久しぶりなエドワードのターンです。



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