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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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113話 嫉妬のポーカーゲーム 4


「テメェもグルになっているんだろ、店主!」


「ふざけるなよ! ……オレらの誘いは断ったくせに」


「え、私が疑われるんですかぁ!?」



 勝負を仕掛けてきた男たちが、ディーラーを務めていた店主を掴み上げて、罵声を浴びせ続けている。

 どうやら彼らは最初、店主と共謀してわたしたちを嵌める算段だったらしい。しかし、それでは盛り上がらないと思ったのか、店主は彼らの申し出を断り、場所だけ提供したようだ。



(……呆れたわ。わたしたちを嵌めるなら、もっと計画的に動きなさいよ)



 小さく溜息を吐くと、わたしのポケットにエドワードが何かを入れた。

 不思議に思いつつポケットを確認すると、そこにはゲームで使われているのと同じ銘柄のトランプがあった。どういうことだとエドワードを睨み付けると彼の代わりに、背の高い男が答えてくれた。



「オレのトランプも消えているし、どういう了見だコラァ!」


「はぁ!? だから知りませんよぉー」



 半泣きになっている店主を横目に、わたしはエドワードの椅子を軽く蹴る。

 そして彼の耳元へそっと囁いた。



「エドワード……盗んだのね?」



 彼はおそらく、ゲームが始まる前に男の一人からトランプを盗ったのだろう。

 しかし彼はそれを認めず、困ったように肩をすくめた。



「さて、なんのことかな。今日の俺は運がいい。ただそれだけだと思うが?」



 わたしたちが話をしていると、店主をついに泣かした男たちがエドワードへ詰め寄る。



「テメェ、イカサマしたんだろ!」


「イカサマ? そんな無粋なこと、私はしませんよ。ほら……」



 エドワードはポケットに何もないことを周囲へ見せ、次ぎに袖口のボタンを外てヒラヒラと手を振る。もちろん、そこにはカードは隠されていない。

 エドワードの潔白――偽りだが――を見たギャラリーは、男たちへと野次を飛ばす。



「純粋に勝負で負けただけじゃねーか」


「やーい、負け犬!」


「キャー! 格好いいのに、ポーカーも強いなんて素敵すぎよ!」



 完全に自分の味方となったギャラリーを見て、エドワードはわたしにしか見えない角度で、勝ち誇った黒々しい笑みを浮かべる。



(……相当、怒っていたのね。まったく、この人は)



 恥をかかせてカモにされようとしたことに怒ったのか、それともわたしを奪ってやると言われたことが腹に据えかねたのか……いいや、そのどちらもがエドワードの圧倒的な勝利を選んだ理由だろう。

 エドワードはわたしの想像よりもお怒りだったようで、路銀稼ぎよりも彼らのプライドを踏みつけることを優先したのだ。



「私も一つ質問があるのですが……『オレらの誘いは断ったくせに』とはどういう意味ですか?」



 エドワードはあくまで紳士的な笑みを貼り付けて、男たちへ問いかけた。

 彼らは不自然に目をキョロキョロと動かすと、しどろもどろに答える。



「へ!? いやー、その……」


「オ、オレらの誘いは断ったくせに……ディーラーはやんのかよって話だ」


「へー、そうなんですか」



 エドワードは男たちの苦しい言い訳に頷くと席を立ち、私の背中をぽんっと叩いて押し出した。



「私は十分楽しみましたし、今度は彼女の相手をしてくれますか? 初心者なので、お手柔らかにお願いしますね」


「あ、ああ、いいぜ」


「楽しくゲームをしようか」



 先ほどの弱腰の態度が一変し、男たちはわたしを見て、狡猾な笑みを浮かべる。

 切り替えが早すぎだ。



 コ イ ツ 、 わ た し に 全 部 投 げ や が っ た な !



 エドワードを一発殴りたい衝動を必死に押さえ、わたしはゲームの席に座った。

 そしてソワソワと周りを見ながら、僅かに頬を朱に染める。



「緊張するなぁ。わたしも頑張るから見ててね、エド」


「応援しているよ、アンナ」



 後で絶対に復讐してやると心に誓ってアンナの演技をしていると、男たちの機嫌が目に見えて悪くなる。ドカッと席に座ると、円卓に置かれたトランプを男たちが交互にシャッフルし始めた。



「次はアンタがシャッフルしてくれ」


「分かりました」



 わたしは恰幅のいい男からトランプを受け取ると、手早くシャッフルをする。

 そしてすぐにトランプの細工に気がついた。



(……特定のカードにキズが付いているわ。二段構えでイカサマをしようとしていたのね)



 ポケットに忍ばせたカードを使う作戦と、ゲームで使うトランプに予め施された細工。どうやら彼らは悪知恵だけは働くらしい。



「シャッフルが終わりました」



 わたしが円卓の中央にトランプを置くと、男たち大袈裟な口調で相談を始める。



「おう。さっきはディーラーが怪しかったから、今度は自分たちでカードを引くことにしようぜ」


「ああ、賛成だ。公平にいこう」

 


 わたしの意見は聞かれず、次のゲームからはディーラーなしということになった。先ほどはカードを忍ばせる作戦には失敗したが、今度は特定のトランプを引く作戦を彼らは仕掛けてくるらしい。


 ――まずはそれぞれ五枚カードを引いて、第二ラウンドが始まった。



(うーん。あまり良いカードは来なかったわね)



 わたしの手札はワンペアもなく、数字もバラバラ。どうやら今日のわたしは運がないらしい。

 ポケットのカードを使えばイカサマができるかもしれないが、今は彼らも警戒している。何より、ポケットに仕込んだカードを手札と交換するなんて高等なイカサマを、今この場で練習もなしにできるとは思えない。



「ベット! 三枚チェンジ。 さっきの分を取り戻させてもらうぞ」



 背の高い男が、第一ラウンドの二倍の賭け金を円卓に投げ入れた。

 次いで恰幅のいい男が同じ額を円卓に置き、コールを宣言してカードを入れ替える。



「コ、コール。四枚チェンジ!」



 わたしは緊張した声でそう言うと、彼らと同じ賭け金を出してカードを引く。

 そして一斉に手札を見せ合った。



「よっしゃぁー! スリーカードでオレの勝ちだ」


「ツーペアか……次ぎは勝つぜ」



 勝者は背の高い男だった。恰幅のいい男も悔しそうな声を出すが、その顔には笑みが浮かんでいる。どうやら、彼らは後ほど賞金を分配するらしい。



(いいわよね、勝者は愉快で)



 わたしは自分の手札を見て、深く溜息を吐いた。

 円卓の上に広げられたわたしの手札は、ハイカードという役……つまりは何も揃っていないブタだった。



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