111話 嫉妬のポーカーゲーム 2
わたしはエドワードに柔らかく微笑むと、群がる女たちを力業で引っぺがした。
貴族令嬢が相手なら、エドワードに声をかけたことを後悔させるほど言葉で追い詰めて泣かすが、相手は平民だ。実力行使に勝る牽制はないだろう。
「ちょっと、何するのよ!」
「そうよ、そうよ!」
勝ち気そうな女性たちがそう捲し立てて、今度はわたしを掴もうとするが、それよりも先にわたしはエドワードの膝の上に横向きに座った。そして彼の首に両腕を回し、頬にキスをする。
「エドは、身も心もわたしのもの。貴女たちの出る幕はないの。帰ってくれる?」
「なっ!」
挑発的な視線を向ければ、彼女たちは目を血走らせた。
だが、そんなのは怖くもなんともない。魑魅魍魎の蔓延る王宮での腹の探り合いよりは、直接的で分かりやすい。
「……今日は珍しく積極的だね」
「別に。事実を再確認しただけ。貴方のすべてはわたしのもので、わたしのすべては貴方のもの」
ツンとした口調でそう言うが、絡めた腕を甘えるように力を込める。
すると、エドワードがそっとわたしの頬へ触れた。
「アンナには叶わないな。……そういうことだから、私のことは諦めてくれないかな。君たちから好意を告げられても困るし……許可はアンナに取ってくれないかな?」
「話だけは聞いてあげるわ。エドは絶対にあげないけど」
わたしがふんっと鼻を鳴らすと、女性たちは悔しそうに二階から去って行く。
二人きりになると、わたしは素早くエドワードの膝から退いた。
「なんだ? もっと甘えてくれていいんだぞ」
「ふざけているの?」
エドワードを睨み付けると、彼は好奇心を覗かせる笑みを浮かべた。
「嫉妬か?」
「そうよ。わたしの買い物中に、貴方は一体何をしていたのかしら」
わたしが素直に肯定すると、エドワードはわたしを引き寄せて、すぐ隣の席へと座らせる。
そしてわたしの頭を撫で始めた。
「許せ、情報収集のためだ。あの女たちには俺からは指一本触れていない」
「どうだか。まんざらじゃなかったんじゃないの?」
「俺にはジュリアンナだけでいい。俺のすべてはお前のもので、お前のすべては俺のものだ」
「それならいいわ」
目を瞑り、エドワードの胸にグリグリと頭を押しつける。
すると、エドワードは深い溜息を吐いた。
「……さっきから思っていたが、抱きついたり、キスをしたり、甘えたり……ジュリアンナの行動は無自覚か?」
「いいえ、計算よ。わたしがしたいように振る舞っているだけ。貴方だって、わたしの頭を撫でたでしょう?」
エドワードが計算ずくでわたしを恋に堕としたように、わたしもエドワードにもっと恋をしてもらうために行動している。……後は、ほんの少し彼を虐めてやりたいという乙女心だ。
「つまり、俺のしたいように振る舞ってもいいのか?」
「婚約者として、節度ある行動ならいいわ」
「くっ、結婚したら覚えていろ。必ず泣かしてやる」
「あら、わたしが泣かされるだけの女だとでも?」
エドワードは顔を面白くなさそうに顔を顰めた。
わたしは彼のそんな子どもっぽいところも、可愛くて仕方ない。
クスクスと笑っていると、遠慮がちな声がわたしたちへかけられる。
「あの……ご注文は?」
年若い店主の方へ振り向いた時には、ローランズ王国王子のエドワードとルイス侯爵令嬢のジュリアンナの顔は、旅芸人のエドとアンナの仮面によって隠された。
「スープとバケットサンド、それにエールをくださいな」
「私も彼女と同じで」
「かしこまりました」
店主はそのまま厨房へと向かっていく。
十分後には、テーブルの上に料理とエールが並んでいた。
「それで、情報収集はどうだったの?」
しょっぱいスープを飲みながら、わたしはエドワードに問いかけた。
彼はアルコールの薄いエールを飲み干すと、苦い笑みを浮かべる。
「……どうやら、この街の領主は革命政府の息のかかった者らしい。おかげで税率などが他の街よりは低いそうだ」
「それでも生活は苦しそうね。革命政府の影響力は、帝都の近くまで及んでいるというのは、重要な情報ね」
「ああ、力ない者と協力する余力は、今のローランズにはないからな。革命政府の力が予想よりも大きいのは、嬉しい誤算だ――おや? どうやらよそ者を歓迎してくれる、心の広い人たちが来たようだ」
エドワードが指さす方向を見れば、柄の悪い二人組の男たちがこちらへと向かってくるところだった。
わたしたちは小声で会話をしているだけだったが、それすらも気にくわなかったらしい。彼らはわたしたちを威圧するように取り囲んだ。
「よう、旅芸人。良かったら、オレたちと遊ばないか?」
「何、乱暴な遊びじゃねーぞ。楽しくポーカーでもして、親睦を深めようぜ」
男たちはトランプをチラつかせながら言った。
わたしとエドワードは、今日の公演でこの街に多くのファンを作った。その人たちを敵に回すほど愚かではないらしく、彼らは平和的にわたしたちをカモろうとしているのだ。
「いいですね。ポーカーなんて久しぶりだなぁ。ねえ、アンナ」
「そうだね。やり方を忘れていないか、不安だなー」
無邪気にそう言って、わたしたちは立ち上がった。
男たちは、獲物が引っかかったのことに下卑た笑みを浮かべた。
……カモになったのは自分たちの方だと知らずに。