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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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111話 嫉妬のポーカーゲーム 2


 わたしはエドワードに柔らかく微笑むと、群がる女たちを力業で引っぺがした。

 貴族令嬢が相手なら、エドワードに声をかけたことを後悔させるほど言葉で追い詰めて泣かすが、相手は平民だ。実力行使に勝る牽制はないだろう。



「ちょっと、何するのよ!」


「そうよ、そうよ!」



 勝ち気そうな女性たちがそう捲し立てて、今度はわたしを掴もうとするが、それよりも先にわたしはエドワードの膝の上に横向きに座った。そして彼の首に両腕を回し、頬にキスをする。



「エドは、身も心もわたしのもの。貴女たちの出る幕はないの。帰ってくれる?」


「なっ!」



 挑発的な視線を向ければ、彼女たちは目を血走らせた。

 だが、そんなのは怖くもなんともない。魑魅魍魎の蔓延る王宮での腹の探り合いよりは、直接的で分かりやすい。



「……今日は珍しく積極的だね」


「別に。事実を再確認しただけ。貴方のすべてはわたしのもので、わたしのすべては貴方のもの」



 ツンとした口調でそう言うが、絡めた腕を甘えるように力を込める。

 すると、エドワードがそっとわたしの頬へ触れた。



「アンナには叶わないな。……そういうことだから、私のことは諦めてくれないかな。君たちから好意を告げられても困るし……許可はアンナに取ってくれないかな?」


「話だけは聞いてあげるわ。エドは絶対にあげないけど」



 わたしがふんっと鼻を鳴らすと、女性たちは悔しそうに二階から去って行く。

 二人きりになると、わたしは素早くエドワードの膝から退いた。



「なんだ? もっと甘えてくれていいんだぞ」


「ふざけているの?」



 エドワードを睨み付けると、彼は好奇心を覗かせる笑みを浮かべた。



「嫉妬か?」


「そうよ。わたしの買い物中に、貴方は一体何をしていたのかしら」



 わたしが素直に肯定すると、エドワードはわたしを引き寄せて、すぐ隣の席へと座らせる。

 そしてわたしの頭を撫で始めた。



「許せ、情報収集のためだ。あの女たちには俺からは指一本触れていない」


「どうだか。まんざらじゃなかったんじゃないの?」


「俺にはジュリアンナだけでいい。俺のすべてはお前のもので、お前のすべては俺のものだ」


「それならいいわ」



 目を瞑り、エドワードの胸にグリグリと頭を押しつける。

 すると、エドワードは深い溜息を吐いた。



「……さっきから思っていたが、抱きついたり、キスをしたり、甘えたり……ジュリアンナの行動は無自覚か?」


「いいえ、計算よ。わたしがしたいように振る舞っているだけ。貴方だって、わたしの頭を撫でたでしょう?」



 エドワードが計算ずくでわたしを恋に堕としたように、わたしもエドワードにもっと恋をしてもらうために行動している。……後は、ほんの少し彼を虐めてやりたいという乙女心だ。



「つまり、俺のしたいように振る舞ってもいいのか?」


「婚約者として、節度ある行動ならいいわ」


「くっ、結婚したら覚えていろ。必ず泣かしてやる」


「あら、わたしが泣かされるだけの女だとでも?」



 エドワードは顔を面白くなさそうに顔を顰めた。

 わたしは彼のそんな子どもっぽいところも、可愛くて仕方ない。

 クスクスと笑っていると、遠慮がちな声がわたしたちへかけられる。



「あの……ご注文は?」



 年若い店主の方へ振り向いた時には、ローランズ王国王子のエドワードとルイス侯爵令嬢のジュリアンナの顔は、旅芸人のエドとアンナの仮面によって隠された。



「スープとバケットサンド、それにエールをくださいな」


「私も彼女と同じで」


「かしこまりました」



 店主はそのまま厨房へと向かっていく。

 十分後には、テーブルの上に料理とエールが並んでいた。



「それで、情報収集はどうだったの?」



 しょっぱいスープを飲みながら、わたしはエドワードに問いかけた。

 彼はアルコールの薄いエールを飲み干すと、苦い笑みを浮かべる。



「……どうやら、この街の領主は革命政府の息のかかった者らしい。おかげで税率などが他の街よりは低いそうだ」


「それでも生活は苦しそうね。革命政府の影響力は、帝都の近くまで及んでいるというのは、重要な情報ね」


「ああ、力ない者と協力する余力は、今のローランズにはないからな。革命政府の力が予想よりも大きいのは、嬉しい誤算だ――おや? どうやらよそ者を歓迎してくれる、心の広い人たちが来たようだ」


 

 エドワードが指さす方向を見れば、柄の悪い二人組の男たちがこちらへと向かってくるところだった。

 わたしたちは小声で会話をしているだけだったが、それすらも気にくわなかったらしい。彼らはわたしたちを威圧するように取り囲んだ。



「よう、旅芸人。良かったら、オレたちと遊ばないか?」


「何、乱暴な遊びじゃねーぞ。楽しくポーカーでもして、親睦を深めようぜ」



 男たちはトランプをチラつかせながら言った。

 わたしとエドワードは、今日の公演でこの街に多くのファンを作った。その人たちを敵に回すほど愚かではないらしく、彼らは平和的に・・・・わたしたちをカモろうとしているのだ。



「いいですね。ポーカーなんて久しぶりだなぁ。ねえ、アンナ」


「そうだね。やり方を忘れていないか、不安だなー」



 無邪気にそう言って、わたしたちは立ち上がった。

 男たちは、獲物が引っかかったのことに下卑た笑みを浮かべた。


 ……カモになったのは自分たちの方だと知らずに。



 

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