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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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110話 嫉妬のポーカーゲーム 1


 わたしとエドワードは公演の後、今日の収入を山分けし、それぞれ別行動を取ることにした。

 エドワードは情報収集へ。わたしは旅に必要な日用品などを買い足しに行く。



(……硬貨の量は多いけれど、やはり金額は少ないわね)



 麻袋に入れた硬貨を数えながら、わたしは小さく溜息を吐く。

 庶民の生活が苦しいのか、公演で得られるチップはあまり多くない。しかし、苦しい生活の中で、わたしたちへ払ってくれたお金に不満がある訳ではない。だが帝都へ向かう資金としては、やはり心許ないのだ。



(エドワードのカフスボタンも売ってしまったし……)



 旅の中で少しずつ銀装飾やカフスボタンを売っていったが、それらはもう底をついている。

 たとえばこの街で何度か公演を行って貯蓄をすることができれば、帝都へ行く資金は用意できるだろう。

 

 しかし、わたしたちには時間がない。

 革命政府との交渉日は目前に迫っていた。



(いざとなったら、エドワードの剣を売らなくてはいけないかしら? でもそれは最終手段にしたいわね。身を守る術は、一つでも多い方がいいし) 



 わたしは硬貨を握りしめると、露店へと向かった。

 この街では日用品や衣類、食品などの生活必需品は、建物に店を構えず、大通りにテントを張って売るのが主流らしい。店主たちの張り合うような呼び込みの声と、買い物客たちの弾むようなおしゃべりが合わさり、賑やかな風景を作り出していた。



(……この街は比較的豊かね)



 今まで訪れた街の中には、店がひとつもなく、生きることもままならない所もあった。

 

 どうやらディアギレフ帝国では、貧富の差が地域で顕著に表れているらしい。もしかすると、領主によって人々に納めさせる税金の額が異なるのかもしれない。



(哀れんだって、わたしには何もできはしないわ。ディアギレフ帝国を変えられるのは、ここに住まう人々だもの)



 わたしが露店を覗いていると、恰幅のいいおば様に声を声をかけられる。



「あら、姫のお嬢さんじゃないの。良かったら、家の商品を買っていってよ! また公演を見に行くからさ」


「そう言われると困っちゃいますー。見るだけですからね?」



 わたしはそう言うと、露店に並べられた雑貨を検分する。

 普通に良い物を揃えているらしく、価格も定価より安めだ。わたしは満足した笑みを浮かべる。



「針と糸と、この布、それとこれをください」


「はいよ! まいどあり」



 硬貨を渡して商品を受け取ろうとするが、おば様が買い物袋をすっと後ろへずらした。

 何事かと彼女を見れば、ニンマリといやらしい噂好きな笑みを浮かべている。



「姫のお嬢さん。質問なんだけど……アンタとあの王子の関係はどうなのさ? やっぱり恋人なのかい? それとも兄妹とか……」


「お、王子っ」



 わたしは噴き出すのを堪え、忍び笑った。



(王子って、確かに王子だけど……!)



 おば様の言う王子は、役のことだと簡単に想像がつく。しかし、エドワードの正体を謀らずとも見破られていることが、わたしはおかしくて仕方ない。

 

 ふと辺りを見れば、周りにいた人々がこちらへ注目しているのが分かる。特に若い少女たちのギラギラと憎しみの篭もった視線が、さらにわたしを面白くさせる。



「答えてもいいですけど、タダとはいきませんよ?」


「姫のお嬢さんは抜け目ないねぇ」



 おば様はそう言うと、袋に林檎を二つ入れてくれた。

 わたしは今度こそ買い物袋を受け取ると、周りの人々にハッキリと聞こえるように声を張り上げる。



「皆さんのご想像通りの関係ですよ」



 わたしはポカンと口を開けるおば様に、可愛らしくウィンクをした。



「ではまたご贔屓に。黒猫劇団をよろしくお願いします」



 軽くお辞儀をすると、わたしは露店から立ち去る。

 エドワードに憧れている少女たちの殺気だった視線を受け流しながら、わたしは合流場所である酒場へと向かった。







 酒場に着いた頃には、すっかり日が沈んでいた。

 エドワードが待ちくたびれているかもしれないと思いながら、酒場の年若い店主に声をかけると、気まずそうに目をそらされた。



「あの、無駄に顔の整った兄ちゃんの所だな」


「そうだけど……何かあったんですか?」


「何かあったというか……現在進行形で何かあるというか……」



 わたしは訝しみながらも、渋る店主を突っつき、エドワードの元へ案内させる。

 エドワードは二階席の奥にある、一番いい席に座っていた。……複数の女性を侍らせて。



「……なっ、な、ななな!」



 わたしは驚きに顔を歪め、その光景をただ見つめた。

 女性たちは顔を火照らせながら、エドワードの身体にさりげなく触れている。その慣れた手つきと、拒否をしないエドワードの姿勢に唖然としていたが、数十秒経った頃には、それが現実のものだと漸くわたしも認識できた。



 こ の 腹 黒 鬼 畜 の 浮 気 者 !



 怒りと共にわたしの胸の奥底で、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がり爆発した。




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