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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
114/150

108話 護衛たちの敗走劇

モニカ視点




 身じろぎもできる隙間のない、狭くジットリとした空間。光が欠片も差すことなく、それがどうしようもなく不安を駆り立てる。挙げ句、不規則にガタンガタンと突き上げるような振動が身体を揺さぶった。



(……最悪の旅路です……!)



 私、モニカは身も心もすり減らし、げんなりとした気持ちで樽の中にいた。

 そう、樽の中である。

 私がこんな状態になったのには、理由があった。



 ローランズ王国からディアギレフ帝国の領土に入った途端、私たちはエドワード殿下を狙った刺客たちからの襲撃を受けた。マリーさんの活躍や私の咄嗟の機転――決して悪辣な策ではない――で事態が好転しかに思えたが、刺客たちの予想以上の強さから、ジュリアンナ様とエドワード殿下と分断されてしまった。


 刺客を残らず片付けた後、私たちは無残に縄を切り落とされた吊り橋を見て絶句する。

 てっきり隠れていると思っていたジュリアンナ様とエドワード殿下は、刺客たちによって川へ落とされていたのだ。



(でも……あのふたりなら、絶対に生きていると思いますけど)



 王都教会で自ら先頭に立ち、相手を翻弄し続けたジュリアンナ様とエドワード殿下を見ているからか、私はふたりの生存を信じ切ることができる。

 しかし、常にジュリアンナ様を守ってきたマリーさんは異なるらしく、あれからいつもの無表情に剣呑さが足され、言動に毒が二割増しのるようになった。

 今だって、暢気なキール団長との会話で怒りを滲ませている。



「この予測不能な揺れ、最高だな!」


「何を遊んでいるのです? 舌でも噛んで静かにしてください」


「おいおい、舌を噛んだら死んじまうぞ。マリーも冗談なんて言うんだな!」


「本気ですが?」


(なんで樽越しですら仲良くできないんですかー!)



 樽にいるのは私だけでなく、マリーさんとキール団長もそれぞれ樽に入っている。私たちはマリーさんの伝手のおかげで、裏社会の運び屋によって衆目に晒されず、帝都へ向かうことができている。

 ……本当は心配で堪らないけれど、エドワード殿下の方針通りに、帝都三番街で落ち合う選択をしたのだ。



「マリーさん、今更ですが……ジュリアンナ様たちのことを聞き回らなくて良かったんですか?」



 私は恐る恐る問いかけた。



「モニカ、聞き込みは無駄です。お嬢様が生存しているのなら、民間人に紛れて帝都を目指すはずです。……第二王子殿下が足を引っ張らなければ、ですが」


「おいおい、エドの変装も中々のもんだぜ! 何度変装したエドを逃がして、近衛が泣かされたか分からないしな」


「ふんっ、少しは王子としての自覚を持ってほしいものですね」


「いや、マリーさん。それはジュリアンナ様にも返ってくることだと思います……」



 ジュリアンナ様の趣味は『演技』だ。

 ルイス侯爵の侍女となってから、何度ジュリアンナ様が無断で屋敷を抜け出したか分からない。大抵は小一時間で帰ってくるけれど、少しは侯爵令嬢の自覚を持って欲しいと使用人一同が心配していたのだ。



「あの、キール団長はエドワード殿下のことが心配じゃないんですか? 幼馴染で、忠誠を誓った主なのに……」



 私は思いきって気になっていたことをキール団長にぶつけてみた。

 吊り橋が落ちているのを見たにも関わらず、キール団長は動揺した素振りを一切見せない。エドワード殿下は心配する必要がないほど、人間離れした技量の持ち主なのだろうか。

 

 キール様は私の疑問を吹き飛ばすように、明るい声で答える。



「オレの感が、エドとお嬢は生きていると告げている!」


「「はぁ?」」



 私とマリーさんは呆れた口調で言った。



「疑わなくても大丈夫だぜ。オレの感は野生動物並だって、エドとサイラスからお墨付きをもらっているしな」


「根拠のないものによく自信が持てますね……と、普段は思うのですが、今だけはその戯れ言を信じましょう。お嬢様と……ついでにあの第二王子殿下は必ず、帝都三番街へとやって来ます」


「そうですね、マリーさん。剣術以外は何をやらせても並以下の、お気楽脳筋のキール団長ですが、今だけは信じましょう」


「そんなに褒められると照れるな! もっとオレを頼ってくれていいんだぜ」


「貴方の脳味噌には、ゲロ甘のストロベリームースが詰まっているんですか? 特別にぐちゃぐちゃにかき混ぜてあげましょうか?」



 マリーさんの不穏な言葉に身を竦めていると、一際激しい揺れが私たちを襲う。だがそれは一度きりで、振動の一切がその後、ピタリと止まった。

 しばらくするとガチャガチャと荷台の閂を外す音がし、男の足音が近づいてくる。



「……到着だ」



 酒焼けした男の声が小さく響いた。

 私は安堵の息を吐く。



(やっと……この窮屈な樽から解放されます……!)



 もうお尻や関節の痛みが限界だった。

 樽から出るために、私は頭上にある蓋を押そうと力を込める。しかしそれは、樽ごと体勢が崩れたことで叶わない。



(え、何? もしかして私……転がってる!?)



 ぐらんぐらんと頭がかき混ぜられるみたいな気持ち悪さが私を襲う。

 次いで胸の奥が、フワリと嫌な浮遊感を訴える。そして終いには、ガゴンッという鈍い音と共に、堅い何かへと樽ごと叩きつけられた。



「ぐへぇっ!」



 元男爵令嬢とは思えない、潰れたカエルのような呻き声を出すと、私は緩慢な動作で今度こそ樽の蓋を開けた。



「さ、最悪です……高いお金を払ったのに、接客がなっていませんよ!」



 吐き気と眩暈に耐えながら、私は走り去る荷馬車へと悪態をついた。

 不満を爆発させる私とは違い、マリーさんとキール団長は身体の不調を一切感じさせない佇まいで、辺りを観察している。



「……どうやら、ちゃんと仕事を果たしてくれたようですね」


「ここが帝都三番街か。夜ってこともあるが、思っていたよりも雰囲気が暗いな。ローランズの王都の方が華やかな気がするぜ」



 かつて栄華を極めたディアギレフ帝国の首都かと疑うほどに、帝都は暗く重苦しい空気が漂っている。開いている店は酒場だけで、他の店や家々は窓を閉め切り、息を潜めるかのように静まり返っていた。

 

 ディアギレフ帝国という大きな闇に私は身を震わせる。



「……ジュリアンナ様、エドワード殿下、どうかご無事で」


 

 こうして私たちは帝都三番街へと到着した。

 革命政府が指定した交渉日の三日前のことである――――




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