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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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103話 早暁の旅立ち


 まだ日が昇りきらず、空はまだ暁に染まったまま。

 城勤めの人たちもまだ起きていないこの時間に、わたしとエドワードたちはディアギレフ帝国へと出立する。


 ローランズ王国の紋章が描かれた二頭立ての馬車に、マリーとモニカが荷物を運ぶ。キール様は御者台に座り、馬の体調を確かめていた。



「……行ってしまうのですね、殿下、アンナ」


「何よ、それ。わたしたちをディアギレフ帝国へ行かせるように後押しをしたのは、ライナスじゃない」



 見送りに来てくれたのは、ライナスと不機嫌そうなサイラス様の二人だけだった。

 王子と侯爵令嬢の見送りにしては、随分と質素な光景だろう。



「公人としても振る舞いと、個人の感情は違うんですよ」


「……知っているわ」



 見送りに来れば引き留めてしまう。

 だから、父はわたしを見送りに来てくれないのだろう。



(……寂しいって思ってしまうのは、我が儘なのかしら。任務に就いているから仕方ないとはいえ、ヴィーとも会えないままだし)



 わたしが感傷的になっていると、いち早くそれに気づいたエドワードがギュッと手を握ってくれた。



「父上も母上も、ルイス侯爵も俺たちの意思を尊重するため見送りに来なかった。それだけの話だ。ライナスは納得して来てくれたんだろうが。ああ、勿論サイラスもそうだろう?」


「…………」



 サイラス様は今までに見たことがないほど、剣呑な視線でわたしとエドワードを睨み付けた。

 強面のサイラス様に睨まれると、さすがのわたしも心穏やかでいられない。正直に言って、すごく怖い。



(サイラス様……ものすごく怒っているわよ、エドワード! 全然納得なんてしていないじゃない)



 わたしが目でどういうことかとエドワードに問いかけるが、彼は腹黒そうな笑みを浮かべるだけだ。エドワードとサイラス様の間に、一触即発の空気が流れる。



「ほら、サイラス。納得していないのか、しているのかハッキリ言ったらどうだ?」


「……るさい」


「ん? なんだ聞こえないな。ほら、もっと大きな声で! 今の俺のように!」


「うるさいんですよ、エドワード様! 頭に響――うぉぉぉおおえっ」



 二 日 酔 い だ っ た だ け か よ !



 恐ろしい形相で嘔吐に耐えるサイラス様を見て、わたしは内心で呆れた。もちろん、子どもみたいなことをするエドワードにもだ。



「……仲がよろしいようで」


「なんだ嫉妬か、ジュリアンナ」


「いいえ、まったく、これっぽっちも。……早く行きますよ」



 わたしはエドワードを無理矢理馬車に押し込めた。

 そしてわたしも馬車に乗ろうとすると、サイラス様に呼び止められる。



「ジュリアンナ嬢、エドワード様を頼みます」


「ええ、頼まれました」


「おい、俺をお荷物のように言うな」



 エドワードが不服そうにそう言うと、サイラス様の目がギラリと光った。



「荷物じゃなくて、貴方が一番の問題児なんですよ……!」


「問題児なら、ジュリアンナもだろう」


「た、確かにそうですが……キールに頼むよりマシです!」



 力強くサイラス様が言うと、キール様がブンブンと笑顔で手を振り始める。



「サイラス、大船に乗ったつもりで、オレに任せてくれていいんだぜ!」


「貴方は黙っていなさい、この泥船!」


「ひでぇ」



 気心の知れた、いつも通りのエドワードたちの会話に、わたしは頬を緩めて安堵する。



(……良かった。仲直りしたみたい)



 昨日はエドワードとサイラス様が対立していたので、幼馴染みの関係が崩れてしまうのではないかと、わたしは少し心配していた。

 しかし、どうやらたった一晩で関係は修復したらしく、サイラス様も形相はともかくとして、心情的にはわたしたちを見送ってくれることに異存ないらしい。……諦めとも言うが。



「エドワード様、ジュリアンナ嬢、こちらのことは私に任せてください」


「オルコット領のことも、安心していいですよ。存分にディアギレフ帝国で暴れてきなさい」



 サイラス様とライナスに、わたしとエドワードは小さく手を振った。



「……任せた」


「行って参ります」



 名残惜しくも、馬車は王宮を出立した。











 馬車は順調に進み、一週間後にわたしたちはディアギレフ帝国へ入国した。

 とは言っても、関所はもう少し先にあるため、今はまだ実感が湧かない。しかし、わたしたちは今のうちに旅路の最終確認をすることにした。


 ディアギレフ帝国の地図を広げ、わたしは現在地を指さした。



「今はまだローランズ王国と近い、ディアギレフ帝国の山道を進んでいる。もう少しすれば町も見えてくるはずだわ」


「順調な旅路とは行かないだろうな」


「不測の事態……たとえば馬車が襲われたりね」



 わたしはエドワードの瞳を見て頷いた。

 隣に座るモニカが、人差し指を顎に当てながら唸り声を上げる。



「うーん。馬車が襲われる確率の方が、断然高いですよね?」


「そうね。わたしたちを殺すにしても、生け捕りにして利用するにしても、馬車を襲わなくては始まらない」 



 エドワードの隣に座るマリーが控えめに手を上げた。



「それではお嬢様、基本方針を定めることにいたしますか? 優先することが決められていれば、私共も動きやすくなります」


「……そうね。エドワード、馬車が襲われたらどうするの?」


「迎撃……が、理想ではあるが難しいだろう。だから、第一優先は逃げることだ。交戦となった場合も応戦しつつ逃げる。戦力を分断された時は、できるだけ近くにいる者と手を取り合って逃げる」


「逃げてばかりね」


「最終的には革命政府の指定する場所と時間に、誰かが到着すればいい。そこへ至ることが、今は何よりも大事だ」



 エドワードはそう言うと、向かい合わせに座っているわたしの髪を一房とって、クルクルと指に巻き付けて遊び始めた。



「……かしこまりました、第二王子殿下」



 マリーは目にも止まらぬ早さでエドワードの手を叩き落とした。

 


「おい、マリー。仮にも、俺はジュリアンナの婚約者だぞ」


「まだ、婚約者です。未婚の淑女に男性が触れるなど言語道断。お嬢様に群がろうとする虫を駆除することも侍女の役目です」


「言ってくれるな」


「……ふたりとも、何をやっているの」



 わたしが呆れた目を向けるが、エドワードとマリーの険悪な雰囲気は変わらぬままだ。

 この空気に耐えられなくなったのか、モニカが目をキョロキョロと動かしながらパンッと手を叩いた。



「あ、えーっと……つまり、帝都三番街を目指すってことですね! わ、わっかりやすーい!」


「そうだな」


「そうね」


「そうですね」


「えっと、皆さん冷たいですね。そ、そうだ! この辺りで少し休憩にしませんか? キールさんも疲れているでしょうし」



 モニカが明るく提案する。

 朝からずっと馬車は走りっぱなしだし、少し休みたいと思っていたところだ。わたしはモニカの提案に乗ろう声を上げようとする。

 しかしマリーがそれを手で制した。



「……休憩は先になりそうです。お嬢様、敵襲です」



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