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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
108/150

102話 魔女は断罪の夢を見る


※ 三人称です





 圧政に苦しみ、貧困に喘ぐ地方都市とは違い、ディアギレフ帝国の帝都は賑わいを見せていた。

 帝都に住む者たちは、自分たちの繁栄の下に、同じディアギレフの民たちの苦しみがあることなど気にも止めない。


 王家の後ろ暗い噂が聞こえようとも、穀物が以前よりも値上がりしようとも、荒くれ者の旅人たちが我が物顔で帝都を闊歩しようとも……軍が隣国を攻撃しようとも、彼らは見て見ぬ振りをする。

 そうしなければ、彼らは生きてはいけない。


 王家の政策に反抗する態度を見せたら最後。


 一族郎党、女も、子どもも関係なく処刑される。


 力こそすべて。支配こそが安寧。弱者こそが悪。


 それがこの国――侵略国家ディアギレフ帝国の当たり前だった。








 宮殿の端の端にある、先々代皇帝が気まぐれに作り上げた古い塔の中に、一人の魔女が幽閉されていた。


 魔女はほつれたドレスを身に纏い、靴も履かずに立っている。腰より長い黒髪を一本に編み込んで前に垂らし、すべてを諦めたかのように光りのない銀灰色の瞳を宿す彼女は、確かに魔女と呼んでも差し支えない容貌だった。



「……可哀想な民草たち。そして罪深い……わたくし」



 魔女は錆びてボロボロになった鉄格子越しに、遠く離れた帝都の町並みを見る。

 真夜中だというのに、街はいつもより明るい。まるで不安を押し隠すような輝きに疑問を持ったが、魔女は空に輝く帯状の光を見て納得した。



「今日極光が降りる日なのね。寒くなると、特に多くなる気がする」



 極光アヴローラは不吉と災厄の予兆だと、ディアギレフ帝国では恐れられている。

 だから人々は極光が浮かび上がると夜に灯りを点け、少しでも降り注ぐ光を弱めようとするのだ。


 冷たい夜風に吹かれながら、飽きることなく帝都を見つめていると、窓の欄干に黒い影が舞い降りる。



「こんばんは、私の魔女」



 現れたのは、魔女より少し年下の青年だった。

 黒いマントを靡かせ、闇夜に紛れるように彼は薄く笑う。



「今宵こそは、私に盗まれる覚悟を持ってくれましたか?」


「……何故、貴方がここにいるの。警備の者がいたはず」


「彼らは快く通してくださいました」


「嘘をおっしゃい」



 魔女が睨むと、彼は戯けるように肩を竦ませた。



「では、もう少し気合いを入れて警備するように彼らを躾けてください。私も気が気でないんですよ。大切な私の魔女を傷つける者がいないかとね。職務怠慢は減俸に処すべきです」



 鉄格子越しに、青年は魔女の頬へと触れる。

 しかし魔女は顔色一つ変えずに、パシンッとその手を叩き落とした。



「泥棒風情が、わたくしに触らないで」


「私は泥棒ではなく怪盗だよ」


「どこが違うというの。泥棒も怪盗も一緒でしょう」



 魔女がそう言うと、青年は忍び笑いをした。



「違うよ。泥棒は自分のために盗むだけ。怪盗は他人に幸せを配りながら、あらゆる手段を使って全てを必ず手に入れる。泥棒なんかよりも……とても強欲で質が悪い」


「……最悪の害獣ね」


「目を付けられたら、ご愁傷様としか言い様がない。だからいい加減、私の手を取って。見張りの兵も、オンボロの鉄格子だって、この塔を出る障害になんてならない。……昔のようにね」


「泥棒風情が、わたくしに勝手なことを言わないで」



 頑なに拒み、睨み続ける魔女を見て、青年は鉄格子から一歩引いた。



「ディアギレフ帝国がついにローランズ王国へ攻撃をふっかけたらしいよ。国内の不満の捌け口にしたいんだろうけど」


「……そう」



 魔女は見張りの兵士たちの会話を盗み聞いていたため、ディアギレフ帝国のローランズ王国侵攻を知っていた。

 青年はそれを察すると、にんまりと口角を上げる。



「じゃあ、これは知っているかな。あの男――導師主導で和睦会議を開くらしいよ。お伺いの親書には挑発的な文章が書かれていたみたいで、使者には次期王のエドワード王子をご指名だそうだ」


「ま、まさか……貴方……!」



 魔女は鉄格子に掴みかかる。

 するとボロボロと錆びた鉄がこぼれ落ち、魔女はハッとした表情を浮かべ、鉄格子から離れた。



「あと少しで私の胸に飛び込んでくれると思ったのに。残念だ」


「……何をするつもり」


「言ったでしょう? 目を付けられたら、ご愁傷様としか言い様がないって」


「……わたくしのせい?」



 無機質だった魔女の瞳が揺らめく。

 それは確かに彼女の動揺を表していた。



「そう、君のせい。止めて欲しいなら、私の手を取って」



 今度は魔女が青年へ手を伸ばすが、それが鉄格子を超えることはなかった。



「……駄目よ。わたくしはここで責任を果たさなければならない」


「魔女なのに?」


「魔女でも……それが残された者の役目だから。わたくしの最後の……望み」



 魔女が手を引いて自分の胸に当てると、青年は目を細め怒りを露わにする。



「……そう。だとしたら、君に私を止める権利はないね。愛しているよ、アヴローラ。だから君の望まないことをする。……またね」


「ま、待ちなさい! 待ちなさ――」



 塔から飛び降りた青年の名を魔女は叫ぼうとするが、それは寸でのところで呑み込んだ。

 彼の名を呼ぶ資格は、今の自分にはないのだ。



「……本当に、わたくしは不吉と災厄の予兆ね」



 そう呟くと、魔女は未だ揺らめく極光を見上げる。



 彼女の名はアヴローラ。

 

 不吉と災厄の名を持つディアギレフ帝国の魔女――――







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