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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
106/150

100話 出発前夜 1

エドワード視点




 王会議後の夜。

 美しい星空にも目にくれず、俺とサイラスとキールは執務室で、酒を酌み交わしていた。

 明日からは一段と忙しくなるのだから、今夜ぐらいは羽目を外してもいいだろう。



「ぶぁっか! エドのぶぁああっかっ! 次いでにキールのあほぉっ!」


「おい、サイラス。この部屋が完全防音になっていなかったら、不敬罪で牢獄行きだぞ」


「みぃーんな、私のことなんてどうでもいいんですよ……。誰も私の気持ちなんて分かってくれない……胃が爆発したらどうしてくれるんですかぁ!」


「……聞いていないな、この酔っ払いは」



 俺は酒乱と化したサイラスに呆れた目を向けながら、グラスに残ったワインを流し込む。芳醇な香りが鼻を抜け、程よい酸味と渋みがアルコールと一緒に喉を嚥下する。



「……うまいな」



 最後に飲むワインになるかもしれない。

 俺はゆっくりとワインの味を楽しんだ。



「くっあっー! うまいな。どんどん開けるぜ!」



 キールは情緒もなく、近衛師団から拝借してきたジョッキに追加のワインを無造作に注ぎ入れた。

 そしてゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干していく。



「……お前は本当に酒の味が分かっているのか?」

 

「酒はみんなうまいよな! でもたくさん飲まないと酔えないのは面倒だ!」


「……馬鹿舌の大酒飲みとは最悪だな。まあ、酒乱よりはマシだが」



 そう呟くと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔になったサイラスが、俺の襟を掴んで思い切り揺すった。



「酒乱とは私のことですかぁ!? どう見ても、ひぃっく……酔ってまへんよぉぉお」


「汁を飛ばすな、汚い。これだから自覚のない酒乱は嫌なんだ」


「ホント、サイラスはぐずぐずに酒が弱いよなー」


「あにゃたは黙っていなさい、キール!」


「ひでぇ!」


「くくっ」



 ふたりとの昔から変わらないやり取りに、俺は思わず笑ってしまった。

 するとサイラスは机に突っ伏しながら、真っ赤に腫れた目で俺を見上げる。



「……約束、したじゃないですか。私たちで、ローランズ王国を世界一の国にしようって……それなのに……」


「約束は破っていない。俺がディアギレフ帝国で成さねばならないことは、世界一の国になるために必要なことだ」


「オレもエドについてディアギレフ帝国へ行くのは、世界一の騎士になるために必要なことだしな!」



 昔、自分の置かれた立場を自覚し始めた頃。

 世界一の王、宰相、騎士となり、ローランズ王国を美しく平和な世界一豊かな国にしてみせると、俺たちは約束した。あの年頃の男子特有の壮大で……荒唐無稽な夢だ。

 

 だがその夢のおかげで俺は兄上と争ってでも王となる決意を固められたし、王族としての不自由も重責もすべて受け入れ、己の一部として肯定することができた。

 腹黒だ、鬼畜だ、と言われている俺だが、真の意味で曲がらないでいられたのはこのおかげだ。



「私だっでぇぇええ、世界一のぉー、宰相になるんですからぁー!」


「泣かしたー! エドがサイラスを泣かしたぜー!」


「黙れ、キール」



 ケラケラと笑うキールを放置し、俺は自分のグラスにワインを注いだ。

 そしてまたワインの味を堪能していると、酒乱サイラスの馬鹿みたいな呻き声が止んでいるのに気づく。



「すぅー、すぅー」


「……散々喚いた挙げ句、寝ているのか」


「いつものことだろ?」



 俺は適当にサイラスの肩にブランケットをかける。

 するとキールが感心したように頷いた。



「うんうん。なんだかんだで、エドは優しいところがあるよなー」


「抜かせ。姉上がいれば、いつも通り押しつけたものを」


「ハイハイ。んじゃ、オレも帰るな。明日も早いし」


「ああ」



 キールはちゃっかり懐にワインを数本抱えると、そのまま近衛の寮へと帰って行った。

 サイラスは起きる気配もなく、眉間に深く皺を寄せながら呻いている。



「信頼しているぞ。……俺の宰相」



 机の引き出しからディアギレフ帝国の資料を取り出すと、残った仕事を片付け始めた。

 俺がいなくなった時、少しでも世界一の宰相が苦労しないように――――







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