99話 ふたりの決意 2
「……本気で言っておるのか、ジュリアンナ」
陛下が咎めるような声で言った。
しかし、決意は変わらない。わたしは第二王子ではなく、ただのエドワードを支えると決めたのだから。
(……わたしにとって、恋は命を賭けるもの。そうでなければ、この身に宿る血に翻弄され、想いを遂げることはできないのよ)
緊張で身体が強ばっているのを察したのか、エドワードが陛下たちから見えない位置でわたしの手を握った。その優しい温もりが、わたしに勇気をくれる。
「父上、私の第二王子の身分も取り上げてください。ディアギレフ帝国で人質になった時、ローランズ王国が私を容易く切り離せるように」
「エドワード殿下と婚姻できないのであれば、ディアギレフ帝国に欲されるわたしは、王家や他の貴族家にとって扱いづらい駒となります。それならば、わたしという存在を消せばいいのです」
「ただのエドワードとジュリアンナになって和睦会議に出席するのですか? それではディアギレフ帝国はもちろん、他国からの信用は得られませんよ」
押し黙る陛下の代わりに、ダリア正妃から厳しい意見がぶつけられる。
だがエドワードは不敵に笑った。
「ならば母上。私とジュリアンナを、都合のいい駒にしてしまえばいい。革命政府を手懐け、和睦会議に望めるのであれば、第二王子とルイス侯爵令嬢の身分のまま。失敗し、人質になるなどして国の不利益になるのであれば、ローランズ王国とはなんの関係もない人間として扱えばいいでしょう」
「そのような悪辣な真似……!」
「……妃、もうよい」
怒りを露わにしたダリア正妃を、陛下は手で制した。
そして冷静で恐ろしい、執政者としての顔を覗かせる。
「王族に生まれたからには、身勝手な行動は控えねばならぬ。そして、先の未来も見据えねばならん。自分が志しを遂げずに死んだ時はどうするのだ。ミシェルを次期王と定めても、派閥争いが起き、今度こそディアギレフ帝国に食い荒らされるぞ」
「……その時は、我がルイス侯爵家がミシェル王子の後ろ盾となりましょう。教会派の残党を結束などささせません」
父はわたしを一瞬見ると、後押しするようにそう言った。
父は愛国者で、復讐のためにわたしを王都教会へと送ることも良しとする性格だ。わたしとエドワードの提案がローランズ王国にとって利になると判断したに違いない。
「オルコット公爵家もミシェル殿下の後ろ盾になりますよ。マクミラン公爵家が取りつぶされた今、王家の三柱が味方する王子に表立って逆らう貴族はいない。そうですよね、サイラス?」
ライナスは穏やかに微笑み、サイラス様へ含みを持たせた視線を向ける。
サイラス様は眉間に皺を寄せながらも、それに答えた。
「……そうですね、ライナス殿。イングロット公爵家も、その時は……ミシェル殿下を支えるでしょう」
オルコット公爵家は積極的に政へ参加はしない。教会派と国王派の争いだって、一歩引いた立場にいた。それなのに、ライナスは積極的な介入をほのめかしている。
(……これはライナスが何かを隠している? もしくは、わたしとエドワードをディアギレフ帝国へ行かせたがっている、ということかしら?)
ライナスの――オルコット公爵家の真意は分からないが、わたしとエドワードにとっては追い風となっている。ならば、このまま利用させてもらおう。
「同行者として、わたしの侍女を連れて行きます。彼女の実力は折り紙付きですし、ディアギレフ帝国の内情にも詳しい。大きな戦力になると断言いたします」
わたしがそう言うと、護衛に徹していたキール様が元気よく手を上げた。
「はい! オレもエドとお嬢の護衛でついて行くぜ。マリーと一緒なら、百人力だ!」
「……おい、キール。仮にも伯爵家令息だろう。それに団長の仕事はどうする」
「何を言ってるんだよ、エド! オレは伯爵家の三男だから、爵位なんて継がない。身分だって捨てても良いぜ? オレは近衛第三師団長である前に、エドの騎士だ。忠誠を誓った主を守るためなら、仕事なんてほっぽり出すぞ!」
「……偉そうに言うな、馬鹿」
キール様が豪快に笑うと、エドワードは不機嫌そうに顔を顰めた。
(……本当は嬉しいくせに)
わたしが生暖かい目で見ると、エドワードは僅かに顔を赤く染めてそっぽを向いた。
珍しく分かりやすい反応だ。
緩んだ場の空気を締めるように、父がゴホンッと大きく咳払いをする。
「殿下とジュリアンナは自分の身を最低限守ることができます。護衛もローランズ王国随一の実力者となれば、暗殺の危険も少しは下がるでしょう。……それに、ディアギレフ帝国には工作員を送り込んでいます。彼らと協力すれば、殿下の構想も夢物語ではなくなります」
「……ジェラルド」
「陛下、決断を」
「……そうだな。エドワードがいなくとも……ローランズ王国は倒れぬ。そうであるならば、余は悲願を果たしたい。エドワードをディアギレフ帝国に喜んで送り出そう。異論のある者はおるか?」
父に促され、陛下はついに決断した。
サイラス様とダリア正妃は俯きながらも反論はしない。陛下の決定に異を唱える者はいなかった。
「では明朝、エドワードとジュリアンナをディアギレフ帝国へと送る。……お前たちはローランズ王国の誇りだ。必ず生きて目的を果たすのだぞ」
「「承知しました」」
わたしとエドワードは、案じてくれる陛下たちに最上級の礼をとった――――