98話 ふたりの決意 1
王会議は以前出席した時と同じ離宮で開かれるようだ。
わたしとエドワードは悪巧みを囁きながら仲良く手を繋いで離宮へと向かい、その後ろをサイラス様がブスッとした顔をしながら付いてくる。
ちなみにアルフレッドも王会議に付いてくるように言ったが、全力で拒否されてしまった。
(今回は見逃したけれど、バシバシ使ってあげるわ。わたしの騎士になりたいと言ったのは、貴方なんだからね、アルフレッド)
わたしがほくそ笑んでいると、表情が見えないはずのサイラス様がボソリと呟く。
「……嫌な予感しかしません」
「その予感通りにしてやろう。なあ、ジュリアンナ」
「そうね、エドワード」
「この問題児たちはぁああ! 人の心配も気にしないんですから!」
サイラス様の悲痛な叫びが聞こえるが、わたしとエドワードは意地悪く無視をする。
王会議が行われる部屋の扉が見えると、そこには爽やかな笑顔で手を上げるキール様がいた。
「よっ、エド! それにお嬢もいるのか。久しぶりだな!」
「お久しぶりです、キール様」
「まったく、団長の仕事はどうした?」
キール様の登場に毒気を抜かれたわたしと打って代わり、エドワードは眉を顰めて機嫌を降下させる。
しかし、キール様はそんなこと気にしないのか、エドワードの背中を思い切り叩いた。
「オレは事務処理とか苦手だし。今の状況では足手纏いだから追い出されたぜ。邪魔だからエドの側に行けってな。あははっ!」
「ぐはっ、少しは手加減しろ。……お前は本当に脳筋だな」
「書類仕事から逃げられるのなら、筋肉に感謝だな! エドのことは、オレが責任を持って守ってやるぜ」
「……好きにしろ」
エドワードは冷たい口調でそう言うが、横から見た彼の顔は僅かに口角が上がっていた。
本当に素直じゃない。キール様が来てくれて嬉しいくせに。
「……ジュリアンナ。なんだその目は」
ジトッとした目でわたしがエドワードを見ていたことに気がついたのか、怪訝な顔で彼はこちらを見る。
「別に。エドワードにも案外可愛いところがあったと思っただけよ」
「……撤回しろ」
「嫌よ。貴方を想う気持ちは、わたしだけのものよ」
わたしは誤魔化すように笑みを返すと、扉をそっと開ける。
部屋の中には、陛下とダリア正妃、ライナス、それに父がいた。以前よりも少ないが、わたしたちを合わせて、今回の出席者が揃ったことになる。
「ジュリアンナ!? それに殿下も……」
屋敷を抜け出したことをまだ知らなかったのか、父がわたしを見て目を大きく見開いた。
わたしは嫌みも込めて、にっこりと笑みを返す。
「ごきげんよう、お父様。娘を軟禁するのは楽しかったですか? わたしは退屈すぎて、飛び出してしまいましたわ」
「その……あ……いや……何故、エドワード殿下と一緒にいる?」
「わたしに興味があるのですか? 軟禁していたのに? もう顔も見たくないのかと思っていました」
「そ、それは……お前を守るために」
「知っています。ですが、わたしがいつ守ってくださいと言いましたか? お父様とヴィーに信頼されていないことが、嫌と言うほど分かりました」
わたしを遠ざけたのは親としての愛情だったのかもしれない。
だけど、わたしを信じて欲しかった。そして、信じさせるほどの実力を父に見せられたかったということだろう。
(……仲直りは少し先にしましょう)
わたしは父から陛下とダリア正妃へと視線を移し、淑女の礼をとる。
「陛下、妃殿下。王会議へいきなり押しかけてしまい、大変申し訳ありません」
「……よい、ジュリアンナ。其方も王家の三柱の一員だからな。参加資格は満たしておる」
「わたくしも異論ありません」
「ありがとうございます」
わたしはエドワードと隣同士に座り、キール様はその後ろに護衛として控える。サイラス様はまだ怒っているのか、わたしたちとは反対側へと腰を下ろした。
全員が席に着いたことを確認したダリア正妃が、すっと手を上げた。
「では、王会議を始めます。議題は、ディアギレフ帝国の和睦会議と革命政府との交渉について。皆忙しい身ですので、自分の意見は簡潔に述べるようにしましょう」
「妃よ! それは余の台詞だ……!」
「陛下は前口上が無駄に長いので、わたくしなりの気遣いです」
「酷い……!」
「お気に召したようで何よりです」
陛下は落ち込むが、ダリア正妃は気に掛けた様子もない。
そしてそのままエドワードを、感情の読めない目で見つめる。
「今回の会議は、エドワードのためのものと言っても過言ではありません。まずは、貴方の意思表示をしなさい」
「勿論です」
エドワードはそう言って立ち上がると、空色の双眸を鋭く光らせ、覇気を纏った声を張り上げる。
「私はローランズ王国の悲願を成し遂げたい。革命政府と手を組んでディアギレフ帝国との和睦会議に臨み、国そのものを根本から変えて見せます。ですから、私……エドワード・ローランズ自らディアギレフ帝国へ赴くことを、承認していただきたい」
一言一句漏らさぬように目を瞑って陛下はエドワードの言葉を聞くが、再び目を開くと国王らしい強く鋭い目を光らせた。
「ならん。余は反対だ」
「……父上、何故ですか?」
「確かにディアギレフ帝国を内から変えてしまうのは、魅力的な話だ。しかし、お前が死ぬ確率もまた高い。第二王子が次期王と決定事項となり政は動いている。エドワードが死ねば、再び派閥争いが激化するだろう。それは避けねばならん」
陛下の言うことも一理ある。
エドワードが死ねば、次は第三王子のミシェル殿下が擁立されるだろう。しかし、男爵家出身の側妃を母に持つミシェル殿下は後ろ盾が弱い。そうすれば、幽閉されている第一王子のダグラス殿下を再び御輿に上げようとする輩が現れるはずだ。
「わたくしも……正妃として、それを許容できません。ですので、反対とさせてもらいましょう」
続いてダリア正妃が淡々と述べる。
陛下とダリア正妃は派閥争いで苦労をした。それ故、反対の立場に回ることもおかしくはない。
(……陛下とダリアが反対となると、エドワードの望み通りの展開になるのは難しいわ)
わたしが思考していると、ずっと黙っていたライナスが手を上げた。
「私は現在戦っているオルコット公爵家の代表として、エドワード殿下の意思に賛成します。確かに自国の未来を憂いることは重要です。しかし、目先の案件を片付けなければ、未来は見通せない。殿下の王族としての覚悟に、私は敬意を抱きます。今最も勝たなければならない戦いは、王宮にありませんから」
オルコット公爵家側から見た厳しい意見に、陛下は沈黙する。
風向きがこちらへやって来たかと思ったが、すぐにサイラス様がそれを止めに入った。
「革命政府がどの程度信用できるのか未知数です。それに、革命政府そのものが罠であるかもしれない。そんな状況でエドワード様を送るのは時期尚早。ですので、私は次期イングロット公爵として反対いたします」
「やはり、エドワードは失えぬ」
陛下は頷き、そう言った。
すると、今度は父が手を上げる。
「ジュリアンナ。お前の意見を言いなさい」
父が忠誠を誓っているのは陛下だ。
だからてっきり、父はそのまま陛下の意見に恭順するのかと思っていた。どんな意図があるのか分からないが、わたしへと話を振ってきたのだ。
(……もしかして、試されているのかしら?)
ルイス侯爵令嬢としてか、娘としてか、それとも……エドワードの婚約者としてなのかは分からない。
わたしはすっと深呼吸をすると、恐れず真っ直ぐに自分の心を言葉に乗せる。
「わたしはエドワード殿下の賛成に回ります。彼がディアギレフ帝国へと赴く暁には、わたしもついて行く所存です」
「エドワードについていくだと!?」
「はい、陛下。わたしは彼を心の底から愛していますので」
「あ、あ、あああ、愛しているだとぉぉおお!?」
陛下が驚きの声を上げたが、わたしは気にせず淑女らしい微笑みを浮かべる。
「もちろん、ディアギレフ帝国側が、都合のいい血筋を持つわたしを所望していることは知っています。……ですので、わたしのルイス侯爵令嬢としての身分を取り上げてくださいませ」
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