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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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97話 エドワードの事情 2


「書簡に招待状を潜り込ませることができるほど、革命政府はディアギレフ帝国の内部に食い込んでいるということよね?」


「ああ、『政府』と名乗るのは伊達じゃないらしい。革命は夢物語ではないようだ。ジュリアンナ、リボンを見ろ」



 招待状に飾られていたリボンをまじまじと見ると、小さく刺繍で今から半月ほど先の日付と、『帝都三番街で待つ』という文字が縫い付けられていた。



「……なるほど」



 わたしもエドワードに釣られて笑みを深くする。

 彼が何を考えていたのか、その理由へとたどり着くことができたからだ。



「エドワードはディアギレフ帝国という国そのものを、作り替えるということでいいのよね?」


「俺はその考えだ。しかし、革命政府側はどうかな。跡形もなく、自国をぶち壊したいのかもしれない」


「手の込んだ招待状から見るに、復讐を追い求める鬼でも、富と名声に飢えた獣でもないように見えるわ。理性的で……だけど大胆な策略家。革命政府は容易く利用できる相手ではなさそうね」


「だからこそ、俺の出番だろう? 誠意の塊のような男だからな」


「ぬけぬけとよく言うわ。大きな危険と引き替えに、とことん利用し尽くすつもりの腹黒のくせに」



 わたしとエドワードが軽口を叩き合っていると、アルフレッドが遠慮がちに手を上げた。



「あの、盛り上がっているところ申し訳ありません。エドワード殿下は一体、何をなさりたいのですか……?」


「ローランズ王国の悲願を果たす」


「エドワード様。それでは説明になりませんよ……」



 サイラス様は言葉の少ないエドワードを見て、大きく溜息を吐いた。

 そしてサイラス様は、決意の込められた瞳でわたしとアルフレッドを射貫く。



「ディアギレフ帝国は侵略国家です。対するローランズ王国は、その侵略に抗い建国された。決して帝国に屈しないことが信念。私たちの安寧は帝国が存在する限り訪れない。ディアギレフ帝国という脅威を消し去ることこそが、ローランズ王国の悲願。私たち王侯貴族の使命なのです」


「サイラスの物言いは堅苦しいが、大体はそういうことだ」



 大仰に頷いたエドワードに、わたしは呆れた視線を向けた。



「国を威信を背負った第二王子は和睦会議へ赴く。その道中で革命政府と手を取り、仲良く『悪』を裁き、新しき風を呼び込む。帝国は滅び、ローランズ王国は建国以来からの脅威から脱する。それを成し遂げた第二王子は、素晴らしき王となるだろう。ああ、偉大なる第二王子。ローランズ王国に栄光あれ……というのが、エドワードの脚本かしら?」


「いいだろう?」


「まさか。わたしがこの舞台の責任者なら、こんな陳腐な脚本、没にしていたわね」


「何故だ?」



 エドワードは疑問を口にしながら、表情を確信めいていた。

 彼もまた、この脚本に穴があるのを理解している。



「分かっているでしょう? ディアギレフ帝国は、理想通りに踊ってくれるほど甘くないわ。和睦会議へ行く道中に、貴方が暗殺される展開の方が現実的ね」


「……そうだな。まず、駒が圧倒的に足りない。予期される戦争のため、優秀な人材や貴族は国に残さねばならない。片道切符にも等しい条件で、俺が連れて行ける者はゼロに近い」


「……私も次期イングロット公爵として、エドワード様へついて行くことはできません」



 サイラス様は悔しそうに下を向いた。


 本当はエドワードの傍に付き添っていたいに違いない。

 しかし、それはエドワードが望まない。サイラス様はこの国を担う優秀な貴族で、シェリーお姉様の伴侶。そして、王族に迎えるかもしれない子の父親。……失う訳にはいかない。



(……元を辿れば、エドワードが和睦会議へ行かなければいいのだけれど。そうはいかない状況みたいね)



 わたしは立ち上がると、窓際へと歩く。

 眼下には、手入れされた美しい庭園が広がり、遠くには豊かな王都の町並みが広がっている。


 だが、戦争が始まれば庭は荒れ果て、王都は炎に包まれるかもしれない。それは王族が最も回避しなくてはいけない未来の一つだ。



「……オルコット領での戦況は芳しくない、ということかしら?」


「目敏いな」



 エドワードはわざとらしく肩を竦ませた。



「地方は荒れ、民の暮らしは苦しく、ディアギレフ帝国が弱体化している……という噂に期待していたのだがな。どうやら軍備に根こそぎ予算をぶち込んでいたらしい。オルコット軍は苦戦を強いられている」



 サイラス様はそれを聞いて頷くと、手元にあった資料を読み上げる。



「民間人に紛れた工作員も暗躍し、戦場をかき乱されているようです。また、敵将に卓越した武力と統率力を持つ者がいて、純粋なぶつかり合いも均衡状態が続いてる、との報告が上がっています」


「サイラス様、ローランズ軍並びに騎士団の援軍の状況は?」


「援軍、物資共に到着済みでこの報告です」


「……それは厳しいわね」



 ローランズ王国随一の武の名門オルコット公爵家。当然、領土を守る軍も国軍に匹敵――もしくはそれ以上の力を持つ。もしも、オルコット軍の守りを突破されることがあれば、戦局は大きくローランズ王国の敗北と消滅に動く。


 そういった事態に陥らないためにも、革命政府との協力体制は是が非でも築きたい。

 すべては、ローランズ王国のために。



「だからこそ、戦争が泥沼になる前に色々な道を作りたい。活路とは神から授けられるものではない。様々な者たちの行動の果てに差してくる光だ。王族の俺が一番に動かなくてどうする」


「ですが、エドワード様自ら動かなくとも……」



 サイラス様は心配した目でエドワードを見た。

 しかし彼は眉を釣り上げ、怒りを露わにする。



「くどいぞ! 貴族や文官……まだ幼いミシェルを使者にするか? それでは国を左右する決断は下せない。革命政府は侮られたと思うはずだ。和睦会議に行ったとしても、身分が軽い者と交わした約束など、ギィアギレフ帝国ならば容易く反故にしてしまう。ミシェルでも駄目だ。俺を使者に指名しているからな。ローランズ王国は腰抜けだと、侮られるだけだ……!」


「では、私たちにエドを失えと言うのですか!」



 サイラス様は負けじとエドワードを睨んだ。



「私たちが次期王と認めたエドワード第二王子の代わりなど、この世のどこにもいないのです! ディアギレフ帝国は、交渉など望んではない。貴方の命が目的です。革命政府からの招待状にしても、罠の可能性は捨てきれない!」


「だが、俺は王族だ。ローランズ王国の悲願を成し遂げられる可能性の糸が目の前にあるのなら、どれほどか細いものでも掴み取られずにはいられない」


「……王族の中でも意見は割れています。もうすぐ始まる王会議では、私は次期イングロット公爵として反対の立場に回りますからね」


「……この石頭!」


「石頭で結構。無謀を働く愚か者になるよりマシですから」



 エドワードとサイラス様は怒りをぶつけ合うと、子どものように顔を逸らした。

 わたしはそれを見てくすりと笑うと、そっと手を上げる。



「では、わたしは賛成に回りましょう」


「ジュリアンナ嬢!? エドワード様を失ってもいいと言うのですか……!」


「あら、サイラス様。勘違いしないでくださる?」



 わたしはエドワード様の側まで行き、彼の右手を取り、騎士のように手に口づけを落とす。



「勝率が低いのならば、わたしが助けましょう。わたしが用いるすべての駒を使って、貴方を勝利へと導きます。最期の時も、わたしとエドワードは共にある。そうでしょう?」


「熱烈な口説き文句だな、王子様」


「だって、貴方に恋をしているもの」


「嬉しいことを言ってくれる」



 エドワードは立ち上がり、握った手でわたしを軽く引き寄せる。



「では、ジュリアンナ。このまま王会議に行こうか」


「あら、婚約破棄寸前のルイス侯爵令嬢に出席する資格はあるのかしら?」


「あるさ。婚約破棄などただの噂だからな。俺がジュリアンナを離す訳ないだろう」


「よく言うわ」

 


 エドワードは嘘っぽい紳士的な笑みを浮かべると、そのままわたしをエスコートしながら歩き出した――――




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