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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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96話 エドワードの事情 1


「……見つかったのが、サイラスで良かったな」


「ええ、本当に」


「全くもって良くないですよ……!」



 サイラス様は慌てて書類をかき集めると、こちらを睨み上げる。

 さすがに怒らせすぎたと思ったわたしとエドワード様は、大人しく身体を離した。



「エドワード様! この大変な時に未婚の令嬢と逢い引きしていたなんて噂が流れたら、どうなると思っているんですか。少しは自覚を持ってください!」


「火消しはサイラスの得意分野だろう?」


「反省してくださいと言っているのです、この馬鹿王子!」



 サイラス様は涙声で叫ぶがエドワード様に反省の色は見えない。

 すると諦めたのか、今度はキッとわたしに厳しい視線を向ける。



「ジュリアンナ嬢も、淑女が真っ昼間から何をしているんですか! 慎みを持ってください!」


「恋が成就して気持ちが高ぶっていたのです。次からは気をつけるので、許してくださいませ」



 わたしは瞳を潤ませ、伏し目がちに反省の言葉を告げた。



「そうですか。恋が成就したのなら、仕方ありませんね。今回だけは見逃しま――恋が成就した!? エドワード様と、ジュリアンナ嬢が!?」


「ああ、両思いだな」


「愛し合っていたのを、たった今その目で見たではありませんか」



 サイラス様はわたしとエドワード様を交互に見ると、驚きのあまり口をポカンと開けた。



「……私はてっきり、二人は立場と心情を呑み込んで別たれるのかと思っていました。特にジュリアンナ嬢は、恋などしないと思っていましたから……」


「わたしが何故、屋敷に軟禁されていたと思います? 今思えば、お父様とヴィンセントに、わたしがエドワード様に恋していたのを悟られたからですわ。……まあ、こんな行動に出るとは思っていなかったでしょうけど」



 父とヴィンセントは、エドワード様側の事情を知った。だから、わたしの心を守り傷つけないため、軟禁を強要したのだろう。


 わたしがそっと溜息を吐くと、隣にいたエドワード様の眉間に皺が寄った。



「……俺たちは婚約者兼恋人同士となったのだろう? いい加減、様付けで呼ぶのはやめろ、ジュリアンナ」


「で、ですが……」


「いいから。さっきのように崩した言葉を使ってくれると、さらにいいな。俺とお前の心は対等でいたい」


「……分かったわ、エドワード。でも、私的な時間だけよ?」


「十分だ」


「エドワード様、ジュリアンナ嬢、そこまでです……!」


 

 どちらともなく手を握り見つめ合っていると、サイラス様が無理矢理わたしたちの間に入ってきた。



「何をまたいちゃコラしているんですか! お二人とも、色気を垂れ流すのはやめてください!」


「嫉妬するな、サイラス。確かにお前と姉上は一緒にいても色気の欠片もないが……」


「私とシェリーのことは、今関係ないでしょう!?」



 入室したときに見た、エドワードとサイラス様の気難しげな表情が消えたことにわたしは安堵した。

 そして、やっと落ち着いて辺りを見回すと、扉の前に困惑したアルフレッドが立っている。わたしが微笑んで手招きすると、アルフレッドは露骨に顔を顰める。



「アルフレッド、来なさい」


「職務に戻りたいのですが……」


「今だって職務の真っ最中じゃない。ここまで来たのなら、最後まで巻き込まれましょう? わたしの未来の騎士様」


「……承知しました」



 アルフレッドは執務室に入ると、そっと扉を閉めた。

 エドワードはわたしをエスコートし、来客用のソファーへと座らせる。そして彼はわたしの向かいに座り、サイラス様はその隣に腰を下ろす。

 アルフレッドはわたしの後ろに控えた。どうやら護衛をしてくれるようだ。



「ジュリアンナ、さっそく近衛騎士を手懐けたのか?」


「そうよ、エドワード。貴方の妃となることができたら、アルフレッドにはわたしの守護の要となってもらうつもり。彼は有能だわ」


「ならばこの場に同席することを許そう。茶の一つも出せないが、寛いでくれたまえ」


「……お、お気遣いなく、殿下」



 アルフレッドは緊張した面持ちで言った。

 これから話されることは、国家機密に等しい。まだ彼には荷が重いかもしれないが、慣れて貰わなくては困る。わたしは本気でアルフレッドを騎士にするつもりなのだから。



「……エドワード様、ジュリアンナ嬢にすべてをお話するつもりですか?」


「無論だ。そして、協力してもらう」


「ジュリアンナ嬢にもしものことがあったら……!」


「何を焦る必要がある、サイラス。ジュリアンナを脅して、王都教会へ潜入させる手駒にした時と何が違う? むしろ、あの時の方が酷かったと思うが?」


「そう言えばそうでした……!」



 サイラス様は頭を抱えた。

 今日も保護者は大変なようである。



「ジュリアンナ嬢は良いのですか? エドワード様と婚約破棄をすれば、危険に巻き込まれることはありません。それではいけないのですか?」



 サイラス様は心配げな口調で……しかし、主と共に歩む覚悟があるのかと真剣に問うた。

 わたしは一度深呼吸すると、胸に手を当てて微笑んだ。



「わたしは知らずに守られて生きるよりも、共に苦しみを分かち合い、戦いたいです。綺麗な死なんて望まない。最後までエドワードと生きることを諦めたりしません。それがわたしの覚悟です」


「……私は……エドワード様がジュリアンナ嬢に出会えた奇跡を、女神に感謝したい気分です」



 わたしはエドワードのために生まれた。だからこの出会いは必然。だが、サイラス様が言いたい奇跡はそれでなく、きっとわたしとエドワードが想いを通わせたことなのだろう。



「……もういいだろう、サイラス。ジュリアンナにあれを渡してやってくれ」


「かしこまりました」



 僅かに顔を赤くしたエドワードを見て、サイラス様はくすりと笑う。

 しかしすぐに冷徹補佐官の顔に戻り、わたしへ一枚の紙を差し出した。



「こちらはディアギレフ帝国から送られてきた、親書の写しです」


「拝見いたします」



 親書の写しには、このたびのローランズ王国侵攻へのディアギレフ帝国側の正統性や、和睦会議を開いてやるという上から目線の譲歩、さらには会議の使者にエドワードを指名している傲慢さ。随分とローランズ王国を馬鹿にした内容だ。



「……あら? 交渉条件の材料にわたしの名前が載っているわ」



 写しの後半に、『貴国の秘宝である、ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢を皇帝陛下の花嫁に迎え入れたい』と記されている。



「ジュリアンナ嬢はローランズ王家の血と、サモルタ王家の神眼を宿しています。手に入れれば、とても便利な駒だと思われているのでしょう」


「あとは、俺を最大限に馬鹿にする意味も込められていると思うが? 婚約者を手土産にする使者なんて、愚劣極まりない見世物になるだろう」


「皇帝は、わたしよりも五つ以上歳下だったわよね? あまり良い政略結婚の組み合わせには思えないわ」



 くだらないとうんざりしながら、わたしはテーブルの上に親書の写しを投げた。



「こんな陳腐な挑発と誘いに、わたしの王子様は真っ正面から乗らないと思うのだけど、間違いはない?」


「それは期待していい。ああ、これは親書と一緒に書簡に挟まっていた物なんだが……」



 エドワードはニヤリと口角を上げると、わたしへ一枚の手紙を渡す。

 手紙は上質な紙でできており、宝石が練り込まれているのか、キラキラと美しく輝き、青いリボンで可愛らしく飾られていた。まるで女性主催の御茶会や夜会の招待状のようにセンスがある。

 わたしは訝しみながらもリボンを解き、手紙に目を通す。

 そこには一編の詩が書かれていた。





 混沌の闇に包まれた国の中、我らは光を求める


 我らは欲に塗れた争いを嫌う


 女神ルーウェルの導きの元、永久の平和を乞い願う


 我らの大義は魔女にあり


 さりとて、魔女は混沌の呪縛に囚われる


 我らを救うは魔女の光

 

 魔女を救うは王の覚悟


 成し遂げるは革命なり






 詩を読み終わると、わたしはじっとりと背中が冷えるのを感じながら目を瞑った。



(……この詩はディアギレフ帝国の親書なんかじゃない)



 手紙には絵が詩と共に書き記されていた。

 鮮やかな鱗を持つ二つ頭の大蛇が剣に刺されて絶命する、おぞましく美しい絵。それが意味するのは、ディアギレフ帝国への宣戦布告だろう。

 また、ディアギレフ帝国は女神ルーウェルを信仰していないので、『女神ルーウェルの導きの元』というのは、ローランズ王国の協力を取り付けたいという意味があるのだろう。

 おそらくこの手紙は、ある意味、見た目通りの招待状だ。



「……招待状の送り主はどなた?」


「ディアギレフ帝国の反乱分子……確か革命政府と言ったかな」



 目を開き、最初に見たエドワードの顔は真っ黒に輝いていた。





 

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