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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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94話 噂


「ぐ、偶然ね、アルフレッド」



 わたしは淑女らしく頬に手をあてて、おっとりとした笑みを浮かべた。

 そしてさりげなく辺りを見渡すと、いつの間にか灰猫が姿を消していることに気づく。



(あんの馬鹿猫! 面倒になって逃げ出しやがった……!)



 灰猫はわたしの指示も考えも察せず、楽しむだけ楽しんで姿を消した。

 名前の通り、猫のように気まぐれで周囲の迷惑など考えない仕事ぶりだ。……ルイス家を抜け出し、最短で王宮へと侵入し、エドワード様へ会う道筋を作ったという点で、最低限の結果が伴っているのがさらに腹立たしい。

 あんな馬鹿猫を一時期とはいえ、飼っていたエドワード様の手腕には舌を巻く。



「……俺は貴女の本性を知っている。今更取り繕っても仕方ないと思いますが?」



 明らかに不自然なわたしの出現に、アルフレッドは顔を顰めた。

 やはり、簡単には騙されてくれないらしい。



「ヴィンセントに会いにここへ来たの。でも、会うのに少し時間がかかるらしくて、庭園を散策していたのよ」


「この非常事態に庭園の散策ですか。優雅なものですね」


「……くっ」



 アルフレッドは鼻で笑った。

 そして追撃の手を緩めない。



「それにヴィンセント・ルイス特務師団副団長は、任務で王宮におりません。仲睦まじいと有名なご姉弟なのに、そのことを知らないのですね」


「それは……」


「どうしてここにいるのですか? 諦めてキリキリ吐いてください」


「……容赦がないわね」



 わたしが淑女の仮面を脱ぎ捨ててアルフレッドを睨む。

 すると彼は嬉しそうに目を煌めかせる。



「それが仕事ですから」


「可愛くないわ」


「男に可愛さなんて求めないでください」



 逃げ出すことも考えたが、呆気なくアルフレッドに捕まるのがオチだ。

 王宮へ無許可で侵入することは、たとえ侯爵令嬢のわたしでもお咎めがある。彼に捕縛されることはやむを得ないだろう。

 今は非常事態で王宮全体がピリピリしている。そのことが、わたしの汚点となるのは確実だ。

 



(……まあ、良い形ではないけれど、お父様やエドワード様に会える確率が上がるわ)



 無理矢理明るい方向へと思考し、わたしは無抵抗で立ち続ける。

 しかし、いくら時間が経ってもアルフレッドは動かず、うろんな瞳で空を見上げていた。



「……俺は出世なんて、どうでもいいと思っていたんです。男爵家の嫡男だから、ゆくゆくは小さな領地を、それなりに治めればいいと……。だけど、どうしても仕えたい王族がいらっしゃったので、その方をお守りするために、俺は慣れない努力をしました」


「……そう、なの」



 わたしは訝しみながらも相づちを打つ。



「その結果、末端ではありますが、近衛騎士に昇進することができました」


「おめでとう。その仕えたい王族とは誰か聞いてもいいのかしら?」



 アルフレッドを探るための一言だった。

 しかし彼はわたしの前に立つと、熱意の篭もった視線で射貫く。



「貴女ですよ、ジュリアンナ様」


「……わたし?」



 困惑するわたしをお構いなしに、アルフレッドは語り出す。



「貴女はエドワード殿下と結婚し、王太子妃になる方だ。俺にとって、ジュリアンナ様は命を賭けて守りたい王族なんですよ。……王都教会で死にかけていたところを助けられ、生け贄となった妹の――ニーナの無念を、約束を違わず晴らしてくれた時から……」


「……でも、わたしはエドワード様から婚約破棄を申しつけられる予定なのよ? この国の王族にはならないわ」


「それなんですが……俺はエドワード殿下とジュリアンナ様の婚約が破談になることに反対です。いくら、殿下の望みであろうとも」



 アルフレッドは苦悶の表情を浮かべる。

 彼は何か知っている。そう確信したわたしは、アルフレッドへと一歩を踏み出した。



「アルフレッド、エドワード様が何をしようとしているか知っているの?」


「噂ですが」


「構わないわ」



 アルフレッドは緊張からか、小さく息を吐いた。



「現在、ディアギレフ帝国軍が、元教会派貴族の領地2つとオルコット領の一部を占領していることは知っていますか?」


「ええ。でも、わたしが知っているのはそれだけだわ。サモルタ王国から帰還後、すぐにルイス家で軟禁されていたから……」


「続きの話があるんです。どうやら帝国は占領後、ローランズへ秘密裏に使者を送ってきたそうです」


「……使者、ね。どんな書状を携えてきたのかしら?」




 わたしは嫌な予感を抱きながら、アルフレッドに話の続きを促した。



「どうやら、和睦会議のお誘いらしいです」


「ローランズの領地を占領しておいて、和睦ですって? 随分と虫がいい話ね」



 わたしが怒りを滲ませた声で言えば、アルフレッドも同意するように頷いた。



「ええ、まったく。そしてさらに信じられないのが、エドワード殿下をその和睦会議の使者にご指名だということですよ。面の皮の厚い奴らだ」


「……エドワード様はまさか……その和睦会議に出席するおつもりなの!?」


「……そうらしいです」


「そんな……だって、あり得ないわ! 罠に決まっているじゃない!」



 わたしは爪の跡が残るのも構わず、手を握りしめた。



(どうして自ら死にに行くような愚かな選択をするの!? それは、わたしを捨ててもやらなくてはいけないこと……?)



 脳裏に浮かんだのは、エドワード様との思い出だ。


 彼は自分をこけにした少女わたしを、七年の歳月をかけて探しだすほどに執念深い。優秀であれば、身分の高い侯爵令嬢わたしですら、手駒にして容赦なくこき使うほどに鬼畜。そして、可愛げのない女わたしを優しさで包み込み、計画的に恋へ堕とした腹黒だ。



(……そんなエドワード様が、今更ディアギレフ帝国の稚拙な罠に引っかかってくれるほどのお人好しになったの? ……いいえ、あり得ないわ)



 表になっていないだけで、この話には絶対裏がある。

 わたしはそう確信すると、城を見上げた。



「……ここに来た、最初の目的を思い出したわ」


「それを叶えるために、俺はどのような行動を取ればいいですか?」


「……近衛騎士の職を失うわよ」


「構いませんよ。貴女に仕えるために得たものですから。貴女のために捨てられるのなら、本望だ」



 わたしはアルフレッドに見逃してもらうことを望んでいたが、彼は思っていたよりもわたしへの忠節に本気らしい。

 アルフレッドは跪くと、懇願するようにわたしからの命令を待つ。



「わたしの未来の騎士。エドワード様のところへ、連れて行って。……わたしを惚れさせたことを後悔させてやるわ」


「仰せのままに」



 即席の主従は、そろってニヤリと口元を歪めた。







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