バーテンダーの受難
翌朝、案の定電話が鳴った。
「予告通り、電話してやったぞ」
すごく勝ち誇ったようにたーくんは言っているが、こちらは全くもって嬉しくない。
たーくんは、以前に、谷岡さんと来店した時の話についてどう思うかしきりに聞いてきた。
谷岡さんが、ササオカさんの告白を断っていなかったことに、たーくんはとても激怒していた。
あれはおそらく我を失いかける勢いだったと思う。
「たーくん、余裕なかったね」
「そうだけど、そうじゃなくて、谷岡が、その看護師のことをどう思っていそうなのか、ミケなりの意見を聞かせてみろって」
たぶん、谷岡さんは、ササオカさんとの関係を壊したくないんだと思うけど……。
言いようによっては、たーくんが凹んで、電話が終わらなくなる。
「いいお友達でいたいか、どうでもよすぎて告白されたことを忘れてたかどっちかじゃない?」
「そうか……」
どうでもよいと言う言葉を聞いて、たーくんは安心したようだ。
よし、この時間なら、二度寝できる!
「問題解決。切ります」
「あ、そうだ、ミケ!」
たーくん、まだ何か?
「お前、和明の結婚式のこと、何か聞いてるか?何かしてほしいとか」
「ん?日取りだけ」
和明とは、兄の事だが、私は、日取りしか聞いていない。
「そうか、じゃあな」
兄の結婚式の日取りは教えなくてよかったのだろうかと、何となく考えながら、私は再び眠りについた。
電話で再び起こされたのは、昼過ぎだった。
また、たーくんだろうか?
やっぱり兄の結婚式の日取りを聞きたかったのだろうか?
「お、慶子か」
電話に出ると、兄の声がした。
その声の調子が明るかったので、きっと、父の容体が急変したとかではないだろうと思いながらも、私は、電話の向こうの兄に「どうしたの?」と尋ねた。
「披露宴でさ、お前のバーテンの腕前を披露してほしいんだ」
……なんですと?
「披露宴会場の連絡先教えるから、打ち合わせしといて」
そして、まさかの投げっぱなし!
人と話すの苦手なのに、打ち合わせって……。
「私、できな……」
「披露宴会場の人にやるって言っちゃったから、頑張ってみろよ」
いや、発案したなら投げっぱなしにするなよ。
そうは思ったものの、結局そのまま兄に押し切られる形で、引き受けさせられてしまった。
「ミタちゃん、今日、元気ないね、どうしたの?」
仕事終わりに藤岡さんが尋ねてきた。
どうやら私は、兄の披露宴のことを考えるあまり、眉間にしわが寄り過ぎていたようだ。
「兄の披露宴でバーテンダーをしてほしいって言われて、披露宴会場と打ち合わせしてくれって……どうしたものかと……」
「そうなんだ、大変だね」
藤岡さんは、にやにやと笑っている。
「わ、笑いごとじゃないですよ、本当に困っていて……」
少し考えた後、藤岡さんは、私を見た。
相変わらず口の端は上がっている。
「まあ、披露宴ってくらいだから、ホテルとか、おしゃれなレストランとかでやるんだろうし、ある程度の設備は整っていると思うよ。心配だったら、確認してみたらいいよ」
そう言うと、藤岡さんは、おもむろに紙とペンを取りだし、「星がついてるのは、絶対あってほしいもので、ついてないのは、あったら便利ってとこだね、俺としては」と言いながら、私にメモを渡してくれた。
「いっそのこと、藤岡さんがやってくれたらいいのに……」
私の独り言は、藤岡さんに聞こえたらしく、「それじゃあ意味ないでしょ」と、一蹴された。
翌日、私は携帯電話を片手に藤岡さんに渡された紙を見た。
あんなにすらすらと必要なものを書けるなんて、すごすぎる。
藤岡さんに聞いてよかったと思いながら、私は兄に教えてもらった披露宴会場に電話した。
驚くべきことに、藤岡さんがメモ用紙に書いてくれたもの全部の手配が完了していた。
なかなか手に入らないお酒とかもあったのに、すごいなぁ。
「先日ご連絡いただいておりました分に関しましては、すべて手配が完了しておりますが、他に必要なものがありましたら、またご連絡ください」
滑るように滑らかにそう言われ、私は「わかりました」とだけ返して電話を切った。
先日、ご連絡……?
兄は、全くの投げっぱなしにする様子だったのに、誰が連絡してくれたというのだろう?
そうか……春奈さんか。
すごく仕事ができる人なんだなぁ。
私は、春奈さんに尊敬の念を抱きながら、出かける準備を始めた。
必要なものはそろっているから、あとは当日、自分のするべき仕事をきちんとこなすだけだ。
すごい無茶ぶりだとは思ったけれど、少しだけ、光が見えたような気がした。




