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バーテンダーの苦悩

「じゃあ、そろそろお暇しようかな」

 カウンターのお客さんが席を立った。

 カウンターにはバーテンダーの私と藤岡さんと……たーくんのみとなった。

 たーくんは、周りを見渡してから言った。

「もう、ミケに話しかけてもいいんだろ?」

 藤岡さんがうなずいた。

 一度、私がバーカウンターでたーくんと話しているを聞いた藤岡さんが、店の雰囲気に合わないから、カウンターにたーくん以外のお客さんがいるときには私は話してはならないことになっていた。

 そのルールで私はとても助かっていたのだが、今日は結構早い段階でお客さんがいなくなってしまった。

「なあ、ミケ、何でこんなにも谷岡と都合が合わないんだと思う?俺、避けられてんのかな?」

 そして、毎回、カウンターに一人になったたーくんは、恋愛の愚痴とか、仕事の愚痴とか、ぐちぐちねちねち話している。

「谷岡さんは、お医者さんだから忙しいんだと思う」

「えー、だって、今日とか、俺が聞いたときには、とっくに友達とご飯行ってるって言ってたぞ、絶対、暇だったって」

「早い者勝ち」

「そうかぁ……」

 たーくんは、何か考え込んでいるようだった。

 私も私で、少し考えていた。

 私はまだ、ずいぶん前に病院で谷岡さんを見かけた話をしていない。

 きっと、その後に、谷岡さんが男の看護師さんと仲良く話していた話もしてしまうと思ったから。

 一般的には、皆、谷岡さんにはたーくんみたいなイケメンってのがお似合いだと思われるようだけれど、私は谷岡さんと、あの笹岡さんと言う看護師さんを見たとき、お似合いと言うか、お互いに気を許しあっている深いきずなを感じてしまった。

 私の感覚では、谷岡さんは、ああやって信頼し合える笹岡さんみたいな人がお似合いなのだと思う。

 出来れば、その話題はしたくない。

 したら、さらにたーくんはねちねちぐちぐち言うに違いない。

 そして、それを、閉店間近の店で延々と聞かされるのは間違いなく私だ。

「そういうの、お兄ちゃんに話したらいいんじゃない?」

 父の入院が長引いているため、兄は基本的には実家に帰ってはいるものの、週末にやってきては、たーくんの家に泊っていると聞いている。

「アイツに恋愛相談をすると、大抵自分の話題になって最終的にのろけ話を聞かされることになるから嫌だ」

「え?」

「え?って、何がえ?なんだ?」

「お兄ちゃん、彼女いたんだ」

「ミケ、お前そこから知らなかったのか?」

 私は首を縦に振った。

 兄ちゃん、彼女いたんだ。

「そうかぁ……」

 たーくんは一人で考え込むと、一瞬私に何か言いたげな瞳を見せてきたが、また視線を外した。

 な、何なんだろう。

 結局たーくんはその日、あまり話すことなく店を出て行った。

 お兄ちゃんに彼女がいたことがなかったので、お兄ちゃんに彼女ができたことには驚いたけれど、私は特にブラコンだったことはないので、それでショックを受けることはなかったし、むしろ、一生独り身でいそうだったお兄ちゃんに彼女ができて、妹として嬉しかったのだが、どうしたというのだろうか?


 その翌日、私は休日だったので、母と一緒に父の見舞いに行った。

 もう少しで退院して自宅療養になるようだった。

「あのね、慶子(よしこ)、会ってほしい人がいるの」

 母親の言葉にピンときた。

 昨日のたーくんの言葉を思い出したからだ。

 きっと、兄の彼女に会えるに違いない。


 病院の近くのお洒落なカフェで、私と母は座って話していた。

 しばらくすると、兄が、見たことのない女性を連れてやってきた。

 予想通り、兄が連れてきた桐生春奈(きりゅうはるな)と言う女性は、兄の彼女だった。

 父が退院してから、地元に帰ってからの紹介ではいけなかったのだろうかと、考えていると、私の考えを読んだかのように、兄が話し始めた。

「ちょうど春奈が仕事でこっちに来てたから、さっき、病院で父さんの見舞いもしてきたよ」

 二人は結婚を前提に付き合っているどころか、もう、結婚式場も押さえてきたらしい。

 しかも、式は二か月後。

 兄の行動としてはちょっと突発的すぎる。

「慶子が驚くのも無理ないけど、これには事情があるんだ」

「できちゃった?」

「違う違う」

 私の単刀直入な発言に、兄は慌てふためき、春奈さんは赤面していた。

「驚かないで聞いてほしいんだ」

 そう言う前ふりは、驚くためにあるものだと私は認識している。

「父さんが、余命あと半年って宣告されたんだ」

 だが、全く予想だにしていなかった驚きが、そこにはあった。

「え?でも、退院って……」

「命が危ない峠は越えたってだけだ。今後は地元の病院でも診てもらえるから、自宅で療養しながら残りの人生を過ごさせてやりたいなって思って」

 そして、せめて兄の人生の門出を見てほしくて、付き合っている春奈さんにプロポーズしたところ、見事快諾されて今に至ったそうだ。

 父親は、自分の余命を知らないそうだ。

 父に、余命のことを勘付かれることのないようにと念を押し、兄たちは帰って行った。

 私は、一人になって考えたかったので、母に、職場に忘れ物をしたと嘘をつき、母と別れた。

 公園のベンチに腰掛け、一人ため息をついた。

 父の命は、残りわずかで、兄は、父を喜ばせたくて結婚する。

 春奈さんは、介護士の資格も持っているらしくて、もし父が介護が必要になっても大丈夫だと胸を張って言っていた。

 まだ家族でない春奈さんのほうが、私よりも前に父のことを知っていて、まだ家族でない春奈さんが、私よりも父のことを助けてあげられる立場にあった。

 私は最後まで置いてけぼりで、美味しいお酒が出せても、父の役にはまるで立たない。

 半年の間に、ずっと介護士をしていた春奈さんに追いつけるはずもない。

 なんて、情けないんだろう?


 不意になにか固いものが頭に当たった。

 顔をあげるとそこにコーヒーの缶を持った、たーくんがいた。

「聞いたのか?親父さんの話」

 それを聞いて、私は、たーくんですら、私より先に父の余命を知っていたことに気付いた。

「先に、嬉しい話をしてやりたかったんだと」

 私の気持ちに気付いてか、たーくんが私の頭をそっと撫でながら言った。

「ミケがお父さん子だったから、悲しい話しだけするのは嫌だったらしい、アイツもアイツなりに悩んでこういう形を取ったと思うんだ。理解してやってくれないか?」

 まあ、過ぎてしまったことは、仕方ない。

 私はしっかり頷いた。

 たーくんも、意外といいところがあるじゃないか。

「ミケ、これで貸しイチだな」

 ……前言撤回。

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