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バーテンダーとプロポーズ

「お、おい、谷岡、俺のプロポーズは?」

「え?この前断ったじゃないですか」

 この瞬間、たーくんは、プロポーズを断られた現実を知った。

 そして、崩れ落ちた。

「え?私、ちゃんと断ったよ?え?」

 再起不能になったたーくんを見て、谷岡さんが慌てていた。

「私も、ちゃんと断られてると思ったけど、一人で勘違いしたみたいで……」

「そっかぁ……」

 そう言うと、谷岡さんはたーくんの方を見た。

 たーくんは、もうしばらく立ち直れそうにない。

「あの、先輩……」

「すまないが、帰ってくれないか?一人になって考えたいんだ」

「分かりました」

 そう言うと、谷岡さんは帰り支度を整え始めた。

 確かに、ここに留まってもお互い気まずいままだと思う。

 速やかに帰り支度を整えた谷岡さんは、玄関へと歩いて行った。

 笹岡さんと、雅之君も、それに続いて行った。


「たーくん、私も帰るね」

 部屋から出て行く三人の背中を見て、私も帰ろうと思い立った。

「行くな」

 たーくんは私の腕を掴んで言った。

「俺を、一人にしないでくれ」

 さっき一人になって考えたいと言っていたのでは……?


 結局、腕にすがりつかれて帰るに帰れなくなった私は、たーくんの隣に座った。

 たーくんは相変わらずしょげているが、私は、自業自得だと思うので、何も声をかけずにいた。

「なあ、ミケ、俺って、何か間違ってたのか?」

「たぶん、全部」

 この際だから正直に言うと、たーくんはさらにうなだれた。

「こういう時って普通、そんなことないよとかフォローするだろう?」

「そんなことしたら、たーくんは、また、谷岡さんを諦められなくなる。それじゃあ誰も幸せになれない」

 思ったままを伝えると、たーくんは、少し驚いたような顔をして私を見た。

「誰も、幸せになれない、か」

 たーくんは、ちょっと前まで谷岡さんが座っていた椅子を見た。

「運命だと、思ったんだけどな」

 たーくんは、視線を落とした。

「結婚式場まで予約したのに……」

「え?」

 まあ、勝手に親に挨拶しに行くくらいだから、やりかねないけど……。

「しかし困ったな」

「キャンセルしたら?」

「いや、そっちじゃないんだ。俺、こっちで事務所を立ち上げたくて、親が出した条件が、こっちで妻を見つけて結婚することだったんだ」

「お見合い……」

「お見合いだったら、絶対地元の女性を勧められるに決まってる」

「じゃあ、お見合いパーティー?」

「あれはもう二度とごめんだ」

 どうやらお見合いパーティーにいい思い出がないらしい。

 たーくんは頭を抱えてしまっているが、私にはたーくんに紹介できるような友人もいない。

 どうしたものだろうか?

「そうだ、ミケ、お前、代わりに結婚しろ」

 ……はい?


「昨日、あの後、水口さん大丈夫でしたか?」

 仕事場に着くなり、雅之君が聞いてきた。

「うん、私もあの後すぐ帰ったし」

「え?そうなんですか?僕たちに追いついてこなかったから、てっきり、傷心の幼馴染と急接近したのかと思っちゃいました」

 まさか、と私は笑った。

 まあ、急接近云々どころじゃない発言はあったけれども。


 事実、たーくんの衝撃発言の後、私はすぐに帰った。

 たーくんに頭を冷やして考えてほしかったし、私も、その場で答えることなどできなかった。

 もともと友人が少なかった私は、出会いの機会も全くなくて、彼氏などいたこともなかったし、結婚願望もあまりなかったので、きっと一生独身なのだろうと思っていた。

 だから、急に結婚と言われても、全くピンと来なかったし、きっと、たーくんも、冷静になって考えたら、あの話はなかったことにしたいだろう。

 私にできることは、ただ、何もなかったことにして黙っていることだけだ。


「ホントに、二人きりで、何もなかったんですか?」

「ないない」

 あのプロポーズは、何かにカウントしてはいけない気がする。

「でも、何かもったいないですね。二人、お似合いに見えるのに」

 それは、二度とたーくんが谷岡さんに近づかないようにするための、雅之君の作戦ではないのだろうか?

 私の疑惑の眼差しに気付いたのか、雅之君はくすりと笑って言った。

「兄貴と翠さんのこと抜きで、言ってますよ。水口さんは、三田さんに一番気を許している感じがしますし」

 それはたぶん、昔のガキ大将だったころのたーくんを知っているから素で話せるってだけだと思う。

 でも、普段なら聞き流してしまうようなお似合いと言う言葉が、今の私には絶大な攻撃力があった。

 いや、でも、きっと、あれは冗談。

 今頃、たーくんも冗談にしたいと思っているに違いない。


 不意にカバンの中で携帯が鳴った。

 見て見ると、兄からメールが来ていた。

『急で申し訳ないんだけど、今日からしばらく慶子のところで春奈を泊めてもらえないかな?』

 まさか、新婚早々離婚の危機?

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