バーテンダーと二人の行く末
入り口の扉がけたたましい音を立てて開き、その向こうから一人の青年が現れた。
「サヤカちゃん!」
青年は、カウンターに座っていたオレンジジュースの女性客に声をかけた。
「タカシくん……」
「僕は、サヤカちゃんのことが、好きだよ」
オレンジジュースの女性客ことサヤカちゃんがうなずき、二人は抱きしめあった。
よ、よかった、保護者、来た。
周りの拍手をよそに仕事をしているそぶりを見せていた私だが、内心は万歳三唱したい心持だった。
しばらく抱きしめあった後、二人はレジに向かって歩いて行った。
ふと目の前を何かが通り過ぎた気がしてそちらを見ると、笹岡さんが、谷岡さんの目の前にいた。
「翠先生。雅之が、ここにいるって教えてくれたんです」
その時私はとっさに、雅之君が何か策を講じようとしていたことを思い出した。
笹岡さんは、二人の結婚を阻止しに来たに違いない。
笹岡さんのことが好きな谷岡さんが、これで揺らがないわけがない。
谷岡さんは、とても驚いた様子だったが、それでも何かを期待する眼差しで笹岡さんを見ていた。
「荘太、お母さんのことママって呼びましたよ!ほら、昨日言ってたじゃないですか!」
だが、笹岡さんは、全く関係ない話をし始めた。
笹岡さんが来たときには、恋する少女のようなまなざしをしていた谷岡さんは、みるみるうちに表情が険しくなっていった。
谷岡さんは、指輪を抜き取ると、たーくんに無言のまま渡し、固くこぶしを握りしめた。
「ワン吉のバカー!!!」
谷岡さんのパンチは、見事に笹岡さんのみぞおちに命中していた。
「げふっ!え、あ、すみません?……え?ワン吉?」
「え?あ、ヤバ!わ、私、帰ります!」
谷岡さんは慌ててそう言うと、バックを引っ掴んで走り去っていった。
「え?翠先生、おいて行かないでください!」
笹岡さんも、谷岡さんを追うように走り去っていった。
店内には、静寂と、残念なたーくんが残された。
残念なたーくんの手には、谷岡さんから返却された指輪が握りしめられている。
しばらく呆然と立ち尽くしていたたーくんは、何事もなかった顔をしてカップルシートに戻って行った。
たーくんはそのまましばらくカップルシートに座っていたが、谷岡さんが戻ってこなかったからなのか、いい加減寂しくなったのか、カウンターにほかの客がいなくなったころに、私の目の前に移動してきた。
それでも、しばらくの間、たーくんは一人で考え込むように飲んでいた。
私も、視界の端にたーくんを捉えていたものの、私も私で考えていた。
プロポーズを受けたタイミングで現れた笹岡さんは、決して、結婚を阻止しに来たわけではない。
でも、いくつかの偶然が重なったものの、結果的に、谷岡さんは、指輪をたーくんに返して立ち去った形になった。
たーくんには申し訳ないけれど、きっと、谷岡さんは、たーくんの元に戻ってこないと感じた。
もう、二度と、あの高級そうな指輪をはめることはないだろうと感じた。
笹岡さんが店に現れてから一度も、谷岡さんの目にたーくんが映ることはなかったから。
「なあ、ミケ」
急に何か思い立ったのか、たーくんが話しかけてきた。
「あの男って、谷岡の何だったんだろう?なんか、馬鹿って言われてたな」
真実を知らせるべきか否か、私が悩んでいると、たーくんが続けて話した。
「まさか、あの男が、谷岡に告白してきたってわけじゃなさそうだな。そんな度胸なさそうだったし」
おそらくそのまさかだと思うのだが、ふと顔をあげると、たーくんは私の方を全く見ていなかった。
入口の方を見たたーくんは、グラスの中身に視線を移すと一気に飲み干した。
きょうのたーくんは、いつもよりペースが速い。
「谷岡、戻ってこないな」
再び入り口に視線を向けながらたーくんが言った。
「俺、高校の時からずっと、谷岡のこと好きでさ」
頼んでもいないのにたーくんは語り始めた。
「谷岡の、ちょっと突っ走っちゃうけど真っ直ぐなところとか、いつもそばで見ててすごいって思ったし、ずっと谷岡のそばにいたいって思ってたんだ」
「それ、本人に言ったらよかったんじゃない?」
「バカ!俺は、落ち着いた信頼できる先輩で通してきたんだ、そんな余裕ない発言できるかよ!」
「この前のたーくんのプロポーズのほうがよっぽど余裕なかったと思うけど……」
「去年偶然再会した時、運命だと思ったんだ」
たーくんは私の発言などなかったように話を続けた。
「でもさ、たーくん」
「すみませーん!」
元気な声で入ってきたのは谷岡さんだった。
「忘れ物しちゃって……」
「忘れ物って、これだろう?」
たーくんが嬉々として指輪を差し出した。
「あ、違います、コートです!」
谷岡さん、一刀両断!
「いや、でも、プロポーズ受けて……」
「それ、要らないです、ごめんなさい」
さらりと言った谷岡さんは、ウェイターからコートを受け取っていた。
たーくん、さらりとフラれた。
少し歩き始めた谷岡さんは、ふと立ち止まると、カバンの中をあさって携帯電話を取りだしていた。
どうやら電話が鳴っていたらしい。
「あ、お母さん、うん、うん、あ、心配しなくていいよ、実は今、断っちゃったんだ。……大丈夫だよ、よ、大切にしたい人はちゃんといるから……」
そう言いながら、谷岡さんは去って行った。
たーくんの最後の砦の谷岡さんのお母さんも、破局を知ってしまった。
もう、谷岡さんは諦めるしか……。
「谷岡は、このデザインは気に入らなかったのか……」
たーくんは、人の話を全く聞いていなかった。




