エピローグ
(ありえない)
翌日。久々に昼過ぎまで眠ってしまった雄介は、激しい銃撃戦の音によって目を覚ますと、目の前の光景に驚愕する。
部屋には新しいものが二つあった。一つは昨日アマゾンで注文した液晶テレビと、もう一つはそれが梱包されていたと思われるダンボールだ。液晶テレビは台の上に置かれ、元々そこに置いてあったブラウン管テレビは床の上にどかされていた。
今、液晶テレビはフルHD画質で戦場を映している。映像の綺麗さには驚かせれるが、雄介の目を釘付けにしている部分はそこではない。
雄介の目の前には、消えるはずだった望月七海の姿があった。
彼女はパジャマ姿で、いつものようにゲームをしていた。そして雄介が起きたことに気付くと、視線はテレビに向けたまま、言う。
「あ、おはようございまーす」
それは犬の散歩中に近所の人と遭遇したときのような、とても軽い挨拶だった。
「いやぁ、それにしても大きい液晶テレビはいいですねぇ。これまで潰れて読めなかった文字が見えるんですよ」
(俺は夢を見ているのか?)
いや、違う。ヘッドバットをして確かめるまでもなく、未だ全身に残っている疲れ――とくに足の筋肉痛がこれは現実だと教えてくれる。
だとしたら――
「どうして消えてないんだ」
なんとか声を絞り出し、聞く。
するとやはり視線はテレビに向けたまま、七海は小首をかしげる。
「……消える?」
「そうだ。自分で消えるって言っただろ。なのに――」
「おおー、そういえば」
彼女は妙に芝居がかった口調でそう言うと、こちらへ振り返る。
「あれは嘘です」
瞬間、雄介は恐ろしくマヌケな顔で固まった。
「もしかして雄介さん、知らなかったんですか?」
「……なにをだ」
「三次元は、嘘をつくんですよ?」
七海はニッコリと笑って答える。
その後、彼女はしばらくまっすぐに雄介の目を見ていたが、
「……くふっ」
やがて堪え切れないといった感じで噴き出すと、腹を抱えて床の上をゲラゲラと笑い転がる。
雄介は開いた右手で顔を隠し、頬を緩める。
(完全に騙された)
人は裏切る。三次元は嘘をつく。しかしこんな嘘なら、いくらでも大歓迎だ。
「あひゃ、はっ……ひひ、ふは……へへへ」
七海は涙を流して笑い続ける。よほど自分を騙せたのが嬉しく、面白かったのだろう。今回だけは存分に笑わせてやろうと雄介は思う。
が――
「ふへ……くっ、ふふふ……うひ、はは」
いつまでも笑い続ける七海に、次第に雄介も少しだけイラッとしてくる。
どうにかして反撃したい。だがいまさら昨日の言葉は全部嘘だったと言っても、七海は驚かないし、絶対に信じないだろう。彼女には昨日の夜に、自分がどれほど望月七海を愛しているのか知られてしまった。
かといって、このまま笑わせておくのもムカつく。
雄介はベッドの上であぐらをかき、考える。七海を驚かせる、反撃の一手を。
(――これでいいか)
思いついた一手は、恐ろしく幼稚な嘘だった。しかし期待させておいて突然反対側に持っていくという基本は押さえている。問題はないだろう。
(大げさにしてまた飛び出されても、こう体が痛いんじゃ、すぐには追いかけられないしな)
そう自分に言い訳すると、雄介は攻撃を開始する。
「七海」
「はっ……はひ」
「朝のキスをしよう」
雄介がそう言うと一瞬で笑い声が止まり、七海は嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。
「はい!」
ニコニコと笑いながらベッドに両手をつくと、七海は目を閉じて実に掴みやすい位置に頭を突き出してくれる。雄介は彼女の後ろにちゃぶ台やコントローラーなどの危険なオブジェクトがないのを確認してから、しっかりと頭を掴む。
そして全力で体をそらし――
「ふんっ」
「ふぎゃっ」
衝突する額と額。七海の体が床に倒れる。
彼女はすぐさま文句を言ってくる。当然だ。
「なっ、なにするんで――」
しかし七海の口は、文句を言い切る前に雄介の唇によって塞がれてしまう。
暖房のせいか二人とも唇に潤いがなく、少し苦かった。
だが愛する者とのキスは、そんな少々の苦味など簡単に打ち消し、どんどんと心の中に幸せを流し込んでくれる。
やがて心が幸せで満たされ、二人はゆっくりと唇を離す。
七海はコツンと額を触れ合わせ、聞いてくる。
「これからも、ずっと愛してくれますか?」
「もちろんだ」
「嘘じゃないですか?」
「本当さ」
雄介はそう答えると、七海を思いっきり抱き寄せだ。
「もしも信じられないなら、死ぬまで俺のそばにいて、ずっと俺を見ていてくれ」






