しかし勇者は女性恐怖症であった。
「これからよろしく、カルセ」
言って人吉は笑う、目の前の少女に大丈夫だと伝えるために。
そうして笑ったまま告げる。
「だってさ、ほら!
俺笑えてるでしょ? 悲しみにくれているようにみえる?
見えないでしょ?
だから大丈夫。
君が生贄になる必要はないよ」
コクリと僅かに首を縦に動かしたカルセに、だからカルセと人吉は繰り返す。
「……これからよろしく」
「は、はい……はい!
あ、あれ、あれ……あ、っれ?」
ボロボロとボロボロとカルセの瞳から涙が零れ落ちる。
「あっ、ヒッ、あれ?
ど、どうして、あれ、ヒッ、あ、れ、どうして、なみだ、なんてっ」
止めなきゃとカルセは思った、だけど止められなくて、それどころか立ってさえいられなくてペタリと床に座り込んでしまった。
立とうとしても力がはいらなくて立てない。
あ、あ、あ、という言葉。
分からない、分からないけれどどうしようもなかった。
気が付けば両手で顔を覆っていて。
「ああああぁぁぁぁっ!」
みっともないほど大きな声を出して泣いていた。
(……よかった、本当によかった)
それを見て、己が状況をまったく省みずに人吉はそうおもった。
安心できたんだろうと、自分がしななくともすんだのだと。
そう思うことができたのだと。
今はじめて気づいたけれどカルセは小さい、座り込んでしまっていることを考慮にいれても身長は150センチに届かないだろう。
……こんな女の子にまで責任を押し付けるのか。
そう思い、しかし仕方のないことだと人吉は理解してしまっている。
この世界に勇者は必要で、そして勇者を呼ぶためにはこうする必要があるのだ。
勇者がいなければ人が死ぬ、何千も何万も。
ああ、だから巫女の一人、勇者の一人――その犠牲は仕方ないものだとそう理解できている。
――System勇者
クソったれなシステムの名前だ、厳密には名前はないのだが、知識の最初に入ってきた文字がこれである以上そう呼ぶべきだろう。
「……もう、大丈夫だから」
そう言って、泣き崩れる彼女に手を伸ばそうとする人吉だが、なぜか手を伸ばすことは出来なかった。
何故だと思考して、しかしそれは一瞬で打ち切られた。
泣き続けるカルセをもう一度視界に納めたからだ。
「俺が勇者でよかった……」
意図せずつぶやいた言葉は誰の耳にも届かない。
ただ思う、カルセが死なずに済んで良かったと。
「すい、ひっく、ません!
わたし、わ、わたしは、ひっ、今、ひっ、生きれるんだって、知って、うれしい、んです」
……俺が勇者で本当によかったと人吉はもう一度思った。
自分が好きになった子は本当に優しい子らしい。
抱きしめて、慰めてあげたい。
思う、だから手を伸ばす――伸ばせない、腕が強張る。
意思の力でそれをねじり伏せ、距離が近づき、やがて0になる。
けれど手が置かれた場所は肩の上で、そしてそれ以上動かすことは出来なかった。
「こわかったよな?
大丈夫……カルセはもう大丈夫だから」
言葉にカルセは顔を上げ、涙にぬれた顔のまま――否涙を流したまま、膝の上に手を乗せて、人吉を見据えて口を開く。
「はいっ……はいっ……!」
涙にぬれて化粧は崩れて落ちている、大きな目は赤くなっていて、顔には涙の通った線がかよっている。
けれどその顔を見て人吉は綺麗だとおもった。
――そうして思い出す、何故手を伸ばせなかったのかを。
「あ……」
暴虐無人な幼馴染が頭に浮かぶ。
背中に寒気が走り、カタカタと歯の根が音を立てる。
――霧島 人吉は軽度の女性恐怖症であった
意外性はあったでしょうかね?><