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ギルドでの昇格試験から一夜明け。
カイは、安宿の硬いベッドで目を覚ました。錆びた鉄剣を磨き、使い古された革鎧を身につける。隣の部屋からは、リナが鼻歌を歌いながら支度をする音が聞こえてくる。
「……まだ、ついてきてるな」
カイは窓の外を見ることなく、ボソリと呟いた。
ギルドを出た瞬間から、影のように張り付く気配がある。足音はなく、魔力の波形も「木」の属性特有の、森のざわめきに紛れるような静かなものだ。だが、師匠から叩き込まれたカイの感覚は、その執拗な視線を正確に捉えていた。
「カイさん、おはようございます! 今日はDランクの初仕事ですね!」
リナが廊下で元気よく声をかけてくる。彼女は昨日の一件以来、カイを尊敬の眼差しで見つめ続けている。
「ああ。だが、その前に……『客』を追い出すぞ。リナ、少し下がってろ」
「え? 客……?」
カイが宿の裏口の扉を、無造作に開けた。
そこには、ゴミ箱の陰に身を潜めていた小柄な人影があった。
「——なっ!?」
驚愕の声を上げたのは、三角形の耳と、ふさふさとした尻尾を持つ少女だった。軽装の革鎧に短弓を背負った獣人。彼女はフェリスと呼ばれ、ギルドでは「単独の気難しい斥候」として知られていた。
「……いつから気づいてたの?」
フェリスが、警戒心剥き出しの金の瞳でカイを睨む。
「昨日の訓練場からだ。ずっと屋根裏にいただろ」
「げっ。……そこまでバレてたんだ」
フェリスはバツが悪そうに耳を伏せたが、すぐに思い直したように一歩踏み出した。そして、鼻をクンクンと鳴らしてカイの首筋に顔を近づける。
「カイさん! 何ですかこの人、いきなり失礼ですよ!」
リナが慌てて割って入るが、フェリスは構わずカイに詰め寄った。
「あんた、おかしい。属性の匂いが全くしないのに、内側から漏れ出してる『圧力』が、森の王より凶暴だわ。……あんた、昨日のは本気じゃないでしょ?」
「何の話だ。俺はただの無色だ」
カイは冷たく突き放そうとするが、フェリスの目は誤魔化せなかった。
「嘘よ。私の『木の加護』は、生命の鼓動を聴き取る。あんたの心臓、戦ってる時でも一回も早くなってない。……不気味なくらい冷徹で、無色透明な最強。……決めた。私、あんたについていく」




