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 迷宮都市ゼム。

 四大精霊樹の加護を象徴する四つの大門を擁するこの街は、欲望と魔力に満ちていた。

 カイが訪れたのは、冒険者ギルド『鋼の拳亭』。汗と酒、そして魔法の残り香が漂う喧騒の中で、彼は列に並んでいた。


「次! 鑑定を受けろ」


 受付の男が面倒そうに、透明な水晶——『属性鑑定石』を指差す。

 冒険者の価値は、ここで決まる。火を宿せば戦士、水を宿せば魔導士。木や土なら斥候や重戦士。属性を持たない者は、この街では「家畜」か「溝鼠」と同義だった。


 カイが静かに、節くれだった右手を石に置く。

 直後。水晶は、何も反応を示さなかった。光ることも、色を変えることもない。ただの、冷たい透明な石のまま。


「……無色か」


 受付の男が、吐き捨てるように言った。


「属性なし。魔力適性、皆無。……おい、坊主。悪いことは言わん。村に帰って野垂れ死ぬか、あっちの路地裏で残飯漁りでもしてろ。冒険者なんてのは、神に選ばれた奴の仕事だ」


 ドッと、ギルド内に下劣な笑い声が響き渡った。


「無属性だとよ! 珍しい、ただの『空っぽ』か!」

「おい、空っぽ小僧! 俺の靴でも磨かせてやろうか?」


 カイは何も言い返さなかった。

(……属性は、色か。確かに師匠の言った通りだ。こいつらには、俺の『芯』が何も見えていない)


 カイが登録証(銅板)を拾い、踵を返そうとしたその時。一人の大男がわざと肩をぶつけてきた。火精ギルドの末端、ボリスだ。


「邪魔だよ、ゴミが!」


 ボリスの拳に火炎が灯る。ギルド内の温度が跳ね上がる。

 だが、次の瞬間、ボリスは自分がなぜ床に転がっているのか理解できなかった。カイはただ「歩いただけ」に見えた。しかし、その一歩はボリスの重心を完璧に崩し、合気にも似た柔術で巨体を石畳に叩きつけていた。


「な、何しやがった!」

 ボリスが放った火球がカイを襲う。


 カイの右手が、腰の錆びた剣の柄に、そっと触れた。

 抜いた、という認識すらさせない速度。空気が「断たれた」。

 シュン、と小さな絹を引き裂くような音がした。


 カイの前で、火球は垂直に、綺麗に二つに分断された。分かたれた火炎はカイを避けるように背後の壁へと着弾し、虚しく消えた。


「悪い。火の粉が飛んできそうだったから、手で払っただけだ」


 カイは無表情にそう言うと、混乱に包まれるギルドを、悠然と歩いて出て行った。

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