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今日から風邪を引きます。胸は風邪のせいです(本当に)

 ――気がつくと、天井が見えた。


 「……いま、何時だ?」


 ぼんやりと瞬きをすると、鼻先にふわっと花の香りが漂う。

 柔らかいベッド。薄いカーテンに差し込む穏やかな光。

 

 どうやら、しばらく意識を失っていたようだ。


 「殿下、目が覚めましたか」


 低く落ち着いた声が耳元で響く。

 振り向くと、ジークが椅子に腰掛け、腕を組んで俺を見下ろしていた。


 「……お前、なんでそんな“看病してました”みたいな顔してんの?」

 「実際、看病していましたので」


 即答。

 くそ、イケメンはこういうとき無駄に説得力がある。


 「アレンは?」

 「……あちらで反省中です」


 ジークが視線を横に向ける。

 その先には――


 正座して壁を見つめるアレンの姿。


 「……反省してます」


 声が死んでる。

 いや、あれは反省というより“処刑待機”だ。


 「いや、別に怒ってねぇよ。俺が勝手に倒れただけだし」


 そう言うと、アレンがパァッと顔を輝かせた。


 「じゃあ続き――」

 「続きはねぇよ!!」


 反射的に枕を投げつけた。

 アレンは華麗に避けた。

 くそ、三体同時撃破の反射神経め。


 「……新しい扉、開けてみませんか?」

 「開けるわけねぇだろ!!」


 アレンは肩をすくめると、


 「では、こっちの扉は開けましょう」


 と俺の許可なくドアを開けた。


 そこに立っていたのは、俺のクールビューティー婚約者フランソワ……ではなく、ただのクール(で怒ってる)弟・ノエルだった。


 「昼まで寝腐ってるなんて、それでも第一王子ですか!? 王太子が僕になってもいいんですか!?」


 ドカドカと部屋の中まで入ってくると、両手を組んで仁王立ちした。


 声が大きくて、うるさい。

 お説教が始まって、頭がヅキヅキする。


 「……なんでコイツを部屋に入れたんだよ」

 「殿下が目を覚ますまで入れないと言ったら、ドアの前を三十分以上ウロウロされまして。足音がうるさくて」


 アレンがしれっと第二王子をディスった。 


 「う、運動がしたくなっただけです……!!べ、別に……っ! 兄上が体調崩したとか心配になったわけじゃ……ないですから!!」


 顔を真っ赤にして目を逸らすノエル…………。


 これが噂のツンデレ……!!

 可愛い……!!

 って、ならねーよ!

 体のゴツい眼鏡男がしても、ときめきゼロだ……!!


 ぽかんとする俺の横で、パチパチと拍手の音が響く。


 「おい、ジーク、その手はなんだよ?」

 「いや、素晴らしい兄弟愛だなと思いまして」


 感極まったジークは、手元の布を目元に当てようとして……


 「って、それさっきまで俺の胸に突っ込んでた布じゃねぇか!!」


 慌ててベッドの上から取り上げようとした瞬間――

また体勢を崩してしまった。


 「……っ、危ない……!!」


 咄嗟にノエルが支える。

 そして俺のささやかな膨らみにも手が触れた。


 「……兄上、この膨らみは……? いや待ってください、どう見ても――」

 「おいおいおい!! デジャブかよ!! 今日何回この流れやんだよ!!」


 ノエルは顔を真っ赤にしながら、しかし手はしっかり俺の胸に触れたまま固まっている。


 「ち、違っ……! これは……その……!! 兄上、まさか……まさか本当に……女に……?」

 「言うなぁぁぁ!! そこまで言うな!!」


 ジークは、布を握りしめたまま低い声で静かに言う。


 「……殿下。胸があるのは事実です」

 「お前は黙ってろジーク!! 事実を淡々と突きつけんな!!」

 「……兄上、この“謎のふくらみ”は……? いや、どう見ても普通じゃ……」


 ノエルが固まったまま、俺の胸元を凝視している。 やめろ、そんな真剣な顔で見るな。


 「ち、違うんだって!! これは……その……!」


 必死に言い訳を探す俺の横で、ジークが静かに口を開いた。


 「……では、医師を呼びます」

 「やめろぉぉぉ!! 医者だけはダメだ!!」


 医者に見せたら一発でバレる。

 バレたらフランソワに会えない。

 フランソワに会えなかったら――俺の百合展開が消滅する!!


 「兄上……本当にどうしたんですか? 僕、心配で……」


 ノエルが珍しく素直な声を出した。

 その瞬間、アレンが横からひょこっと顔を出す。


 「殿下、また倒れそうな顔してますよ。抱きとめる準備しておきますね」

 「お前は黙れ悪魔ァァァ!!」


 アレンはにこにこしながら、なぜか両手を広げて待機している。


 やめろ、そんな“落ちてこい♡”みたいなポーズ。


 ノエルが眉をひそめた。


 「……アレン。兄上に変なことしてませんよね?」

 「え? 僕はただ、殿下が望むなら全力で支えるだけですよ」

 「その言い方が怪しいんだよ!!」


 俺が叫ぶと、ノエルがさらに怪訝な顔をした。


 「兄上……本当に何があったんですか? 僕に隠し事なんて……」

 「知らねえよ!目覚めたらこうなってたんだ……」

 「……っ、なら尚更医者に……っ!」

 「こんな体になったのがバレたら、王子の地位から降ろされるかもしれないだろ……。王子じゃなくなったら、俺……」


 肩をしょぼんと落として、ノエルをうるうるした瞳で見た。


 (王子じゃない俺が、モテモテハーレムを築く未来なんてないだろ……! だから、俺は王子じゃないといけないんだ……!!)


 もちろん本音は口にしない。


 「……兄上……」


 単純なノエルは、俺を痛ましそうに見つめた。

 やっぱりチョロい。


 そこへアレンが口を開く。


 「……一週間様子を見て戻らなかったら医者に診てもらったらいいんじゃないですかね? ずっとこのままでも、僕的にはおもしろ……心配なんで」

 「今、おもしろいって言いかけただろ!!」


 アレンの「一週間様子見」発言を皮切りに、部屋の空気が妙に真剣になった。


 ジークが腕を組み直し、低い声で言う。


 「……では、殿下の女体化を隠し通すための作戦会議を始めます」

 「勝手に始めんな!! 俺の人生が議題なんだぞ!?」


 アレンは椅子を引き寄せ、やる気満々で座る。


 「殿下の秘密を守るためなら、僕、なんでもしますよ。なんでも」

 「“なんでも”の言い方が怖ぇんだよ!! 語尾にハートついてんだよ!!」


 ノエルは腕を組んで仁王立ちし、兄のベッドを見下ろす。


 「兄上を守るための会議なら、僕も参加します。……兄上は僕の兄上ですから」

 「お前はツンデレの波が激しいんだよ!! 急にデレるな!!」


 ジークが咳払いし、会議を強制的に進める。


 「まず、殿下の“謎のふくらみ”についてですが――」

 「言い方ァァァ!! もっとオブラートに包め!!」

 「……殿下の“胸部異常膨張”について」

 「余計ひどくなってんだよ!!」


 アレンが手を挙げる。


 「はい! 僕から提案があります!」

 「お前の提案はロクなもんじゃねぇ!!」

 「殿下の胸を平らに見せるために、僕の鎧の胸当てを貸します!」

 「いや俺、今日から騎士みたいなゴツい胸板で歩くのか!? 逆に怪しいだろ!!」


 ノエルがすかさず反論する。


 「兄上に鎧なんて似合いません! 兄上はもっと繊細で儚げで……」

 「お前は俺を何だと思ってんだよ!!」


 ジークが静かに手を挙げる。


 「では、殿下の胸を“王族の威厳による膨らみ”として押し通すのはどうでしょう」

 「そんな威厳あるか!! 胸に威厳宿るか!!」


 アレンがさらに手を挙げる。


 「じゃあ、殿下が“新しい筋トレを始めた結果”ってことにしましょう!」

 「どんな筋トレしたらこうなるんだよ!? 俺、胸筋じゃなくて胸が育ってんだよ!!」


 ノエルが机を叩く。


 「兄上は筋トレなんてしません!! 兄上は運動嫌いです!!」

 「お前、兄の尊厳をズタズタにすんな!!」


 ジークがまとめに入る。


 「……では、最も現実的な案を提示します」


 三人がジークを見る。


 「殿下は――風邪を引いたことにしましょう」

 「なんでそうなるんだよ!!」

 「風邪で声が少し変わり、体調が悪く、姿勢が猫背になり、胸元を布で押さえている……自然です」

 「胸元押さえる風邪あるか!? どんな症状だよ!!」


 アレンが頷く。


 「確かに自然ですね。殿下、風邪っぽい顔できます?」

 「できるか!! 風邪っぽい顔ってなんだよ!!」


 ノエルが真剣に言う。


 「兄上、風邪の演技くらいできますよね? 僕の兄上なら」

 「プレッシャーのかけ方が体育会系なんだよ!!」


 ジークが淡々と続ける。


 「では、殿下は本日より“重度の風邪”という設定で行動してください」

 「設定って言うな!! 俺はキャラじゃねぇ!!」


 アレンが手を叩く。


 「じゃあ決まりですね! 殿下は今日から風邪です!」

 「決まってねぇよ!! 俺の意思どこいった!?」


 ノエルが腕を組んで頷く。


 「兄上、風邪ならフランソワ様も心配してくれますよ」

 「……っ!!」


 その言葉に、俺の心が揺れた。

 フランソワが……心配……?


 ジークが静かに言う。


 「殿下。風邪という設定なら、フランソワ様に会っても不自然ではありません」


 アレンがにこにこしながら追い打ちをかける。


 「むしろ、フランソワ様が看病に来てくれるかもしれませんよ?」

 「…………」


 俺は震える声で言った。


 「……風邪でいこう」


 三人が同時に頷いた。



 こうして――

 “女体化王子を守るための風邪設定作戦” が始動した。

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