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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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1-7

 恋する人との再会は叶わず、やがて夫となる男と絶望的な出会いを果たしてから数日が経った。婚約者であるアダルヘルム・ディ・アッヘンヴァルは、酷い言葉を投げかけてきた初対面では想像もできないほど、過度の干渉はしてこない男だった。憂鬱な気分の私が部屋に引き篭ろうとも、食事の誘いを断ろうとも、サミエル伝いに様子を気にかけることはあれど、深く追求はしてこない。端的に言って、何を考えているか分からない人だ。


 皇帝に縁談を持ちかけて、急いで私を自国へ引き入れたのは彼なのに……。彼が一体何をしたいのか理解できず、私の心は日を追う事に疑心暗鬼になった。

 そんなある日、サミエルが報告してきた。

「旦那様は本日より二十日ほど留守にされるとのことです」

「留守……?」


 部屋に運ばれた昼食を緩やかに口へ運ぶ私は、まっすぐとした背筋で立つサミエルを見る。

「急を要する用事ができたと仰っておりました。しばらく戻れないことを許してほしい、と謝罪のお言葉を口にされておいででしたよ」

「……そう、ですか」

 興味なく目を伏せると、瞼を薄く開いたサミエルの探るような視線を感じる。


 きっと、婚約者のいない数十日が寂しいのではと心配しているのだろう。けれど、その心配は杞憂だ。

 私が待ち焦がれるのは、彼ではないのだから。


 ――それにしても、と思い耽る。皇帝から結婚の話を聞かされた際、アダルヘルムは私を自国に引き入れることに切羽詰まっていたように感じたが、いざ私がヴァンガイムへ辿り着くと、結婚を急かすような真似はしてこない。寧ろ、私の心が切り替わるのを根気強く待っているようにすら見えてしまう。

 恐らく何か魂胆があるのだろうが、私には検討もつかない。


 ただ、皇帝から聞いた噂とは、少し違うような気もした。本当に彼は傍若無人で、戦いを好む野蛮な男なのか……疑いたくなる瞬間がある。理由は、ふとした時に私を見つめる瞳が、酷く寂しげに見えるから。しかし、目が合えばその瞳は垂れた前髪の裏に隠されてしまう。

 言いたいことがあるのか、私に誰かを重ねているのか。分からないけれど、あの瞳はいったい何に憂いていたのだろう。

「変な人……」

 思わず呟くと、真面目なサミエルが小さく微笑んだ気がした。


 アダルヘルムがいないことで、やっと外に出る気になった私は、部屋の窓からずっと見下ろしていた庭園を訪れた。緑が多く、色とりどりの小花が咲き誇る庭園は、私が暮らした皇城の離れを思い出させる。

 そして、大好きなカイザックと並んで腰を下ろし、他愛もない話をした日々も。


 あれから二年半が経った。彼は今も母国で私を想ってくれているだろうか。……いや、きっと想ってくれている。軽々しく感じるけれど優しい声で、私の名をひとり呟いているはずだ。

 それなのに、私はどうしてここにいるのだろう。揺れる小花を指先で撫でながら、カイザックへの罪悪感で胸を痛めた。この痛みは、いつか和らぐのだろうか。


 婚約者が出かけて二日目、サミエルの提案で、私はヴァンガイムの都を訪れた。付き添いの使用人である若い女性は、最初こそ私の容姿に驚いていたけれど、今はなんでもない顔で話をしてくれる。

「皇女様は、ご覧になりたいお店はございますか?」

「……いえ、特に」

「でしたら、私のおすすめのお店をご紹介いたしますね!」

 声に元気のない私を励ますように、彼女は街の案内を進める。


 静かに案内の声を聞きながら、街の様子を窺うと、覚えのある瞳と目が合った。皆と違う容姿をした異端者である私を、忌避する瞳だ。まさかと思い周囲を見回すと、ほとんどが同じ瞳をしていた。

 あぁ……ここも同じなんだ……!! エルサードの民や皇族と同じように、私を否定する……!!

 目の前を歩く彼女や、サミエルのような人間が珍しいだけで、これが大衆の思考なのだ――そう理解した途端、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。


 気が付いた時には、路地裏に一人きりだった。拾ったボロ布で頭を隠し、肌が見えないよう蹲る。

 結局、国を跨いでも私は変わらない。鳥籠の中で虚しく飼われる運命なのだ。卑屈な思いを誤魔化すように拳を握り、皮膚に爪が食い込む感覚に意識を集中させた。


 すると、慌てた様子で私を探す使用人の声が聞こえた。「皇女様ぁ!!」と泣きそうな声で私を呼ぶ彼女は、薄暗い路地裏に隠れた私を見つけると、その目に涙を浮かべ走り寄る。

「こ、皇女様!! よかったぁ……攫われていたらどうしようかと思いましたよぉ!!」

 大粒の涙を溢れさせながら、心配したと告げる彼女。なぜだか彼女の言葉には嘘がないような気がして、心が軽くなった。


「お洋服が汚れてしまいましたね。今日は屋敷に戻りましょうか」

「……はい」

 まだ目元の赤い彼女の配慮に甘え、私は帰りの馬車を目指して歩いた。道中、情報誌の売店を見かけたので、立ち寄って数部だけを購入し帰宅した。


 それ以降、屋敷を出ることはなくなったが、外の情報を得るため、彼女に頼んで情報誌を購入してきてもらうようになった。

 そしてアダルヘルムが屋敷を留守にして七日目、情報誌の紙面を飾ったのは、他国に攻め入られたエルサード帝国が、戦火にさらされ崩壊の危機に陥っているという内容だった。

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