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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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美しくない者

 歩いていたら、いつの間にか都に辿り着いていた。すれ違う人々は仕事を切り上げ昼食の話をしており、今が昼時なのだと分かる。

 繁盛する食事処を横目に、布で特徴的な髪を隠した私は、日の当たらない軒下を歩く。


 今頃、アダルヘルムは教会へ向かっているのだろう。そして、婚約の誓いを立てた神父に、婚約破棄の書状を手渡すはずだ。彼は別れたいという私の望みを叶え、私という厄介者から解放される。それが最善なのだ。例え彼が望んでいなかったとしても……。


 別れを受け入れた時の、彼の寂しげな瞳を思い出し、罪悪感に胸を痛める。彼の言葉や行動には、全て優しい意味があった。それなのに、自分ばかりが悲劇的であると感じた私は、彼に強く当たってしまったのだ。それどころか、公爵家の評判を貶め、彼の周囲までをも傷付けた。私の行った悪女としての行動は、世間からは到底許されるはずもない。


 今さら反省しても、過去は変えられない。だから私は屋敷に戻らず、ここまで歩いてきた。

 しかし、どうしても思い出してしまう。……私が別れを迫る度に、悔しげに唇を噛み締めたアダルヘルムの顔を。


 彼にとって、私は何だったのか。何をされても受け入れるまでの愛が芽生えたのは、私の何が理由だったのか。カイザックへの想いで発狂し、歪んでいく私を見て、一体何を思ったのだろうか……。

 もう聞くことなどできない疑問が、心残りのように脳内を埋め尽くした。


 賑やかな人々の声に包まれながら、重くなる足を止めた。影を作っていた屋根が途絶え、足元を陽の光が照らしていた。その明るい地面を踏むのは、今の私には気が進まなかった。


 けれど仕方なしに踏み出してみれば、太陽の光に包まれたのと同時に、人々の歓声が響き渡る。


「王女様だ――!!」


 そう叫ぶ誰かの声が耳に残り、眩しいと分かっていて顔を上げた。昼食時なのに、数え切れぬほど多くの民が集まって送る視線の先には、神々しく美しい女性が立っている。彼女は、気品ある白の建物に足を運んでいた。


 押されて紛れた人混みの中で、そこが教会であることに気が付いた。そして、扉に続く階段を上る女性が、ヴァンガイムの王女殿下であることも。

 艶のある金髪に天使のような白い肌の王女は、誰もが見惚れる美女だった。集まった人々は、遠巻きにうっとりとその姿を眺めている。そんな彼女の隣には、見覚えのある黒髪がいた。


 ガタイの良い長身に漆黒の髪、無愛想に見えるせいで威圧感を醸し出す男……アダルヘルム。彼は、誰にも受け入れられなかった私とは正反対の王女と並んで、長い階段を上っていた。婚約破棄の手続きに来た彼と、何かしらの用で教会を訪れた王女が鉢合わせたのだろうか。


 一見すると天使と悪魔のようにも感じる二人の背中を、民衆の中に埋もれて眺めていたら、すぐ耳元で彼らの話が囁かれる。


「あの公爵は恐ろしいが、こうして見ると似合いだな」

「本当ね。公爵とは幼馴染らしいから、話が合うのかもしれないわ。ほら、王女様が笑ってらっしゃる」

「不憫だよなぁ、公爵も……。エルサードの皇女とやらと婚約なんてしなければ、優しくて美しい王女様と結婚するはずだったろうに」


 何の事情も知らない無責任な声だったが、私はなぜだか、心の中で同意してしまった。

 私と婚約なんてしなければ、彼にはもっと素晴らしい未来が待っていたはずだ。公爵家の名に恥じない、マナーも振る舞いも完璧な女性なら、面倒な苦労をせずに済んだだろう。相手が皆から好かれる王女なら、尚更。


 しかし、彼が選んだのは私だった。貴族からも民からも評判の悪くなる私を、アダルヘルムは愛して救おうとした。皇族殺しという危険の無くなった最後には、別れたいという願いすらも叶えてくれた。

 その決断には、一体どれほどの愛が必要なのだろう。


 考えている間、次々と民の声が耳に届くうち、私の心残りは段々と消化されていった。

 私と別れたら、本来結ばれるはずだった人と彼は婚約できる。最低最悪の悪女へ優しい愛を送れる人なら、きっと天使のような王女にも、清く純粋な愛を捧げられるはずだ。屋敷を出てよかった、私は彼の隣にいるべきではないのだから。


 そう自分に言い聞かせ、彼の幸福な未来を願うのに、美しい人と歩く姿から目が逸らせない。人混みに埋もれているのだから、どうせなら扉が閉まるその瞬間まで、彼を見ていようかとさえ思った。

 だがそのとき、突風が吹いたわけでも、誰かが呼んだわけでもないのに、前を向いていたアダルヘルムが振り向いた。彼の瞳は、まっすぐこちらへ向いている。


 ――まさか、と息が止まった。

 教会の扉へ続く階段から、私のいる位置までは距離がある。さらに、私は特徴的な見目を布で覆い隠し、似たような格好の者たちが集う群衆に紛れている。どう見ても、たまたま立ち寄った旅人のようにしか見えないだろう。彼が私を見つけるはずがない。有り得ない。


 あるはずがないと頭では理解しているのに、目を逸らせなかったのは、彼の瞳が私を捉えているように感じたから。

 暫くの間周りの声が聞こえなくなり、心臓の音だけが響いた。


「ナサリー……?」


 彼の口元が、小さく私を呼んだように見えた。混乱した私は、一目散にその場から走り去る。


「――ナサリー!!」

 今度はハッキリと聞こえる。群衆を抜けても、その声は私を呼び続け、段々と近付いてきた。

「待て、ナサリー!!」

 やがて、逃げるように入った裏路地で腕を掴まれる。


「……ナサリー、どうした?」

「…………」

 捕えた私に落ち着いて問いかける彼は、腕の力を少し緩めた。


「なぜ……そんなに辛そうな顔をしている? 何があった?」

 彼はまた、最低な私を気にかける。害しか与えなかった私に、誰よりもあたたかな想いを込めた声色で。

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