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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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出会いの記憶

 記憶に残るカイザックの優しかった笑顔が、ドロドロと崩れ落ちる。心は暫く動かなかったが、やがて激しい心臓の音で不安と絶望に満たされた。


 ずっと嘘を吐かれていた。私のことを知りたいと言ってくれた言葉も、同じ気持ちであることを手紙で打ち明けてくれたのも、戦の日、迎えに来ると約束してくれたのも……全部彼の嘘だった。


 考えてみればおかしかったのだ、戦が約束の冬より半年早く始まったことは。

 単純に時期が早まったのだと思っていたが、そもそも〝戦が冬に起きること〟自体が嘘だったのだとしたら、納得がいく。最初から、カイザックは私を迎えに来るつもりはなかったのだろう。寧ろ、殺そうとしていたのかもしれない。


「わ、私……そんな……」

 内通者は私だった。多くは知らなかったが、少なくとも離れに関することは、私が会話の流れで洩らしてしまった可能性が高い。使用人に関しても、私の世話をしていた者については喋ってしまったと思う。

 私が知らず知らずのうちに情報を洩らしてしまった結果、彼らは殺された。そして、彼ら以外の多くの人々も。


 どうして気付かなかったのだろう。どうしてすぐに信頼してしまったのだろう。どうして恋なんてしてしまったのだろう。

 真実に気付いた途端、自分に対する疑問が頭を占める。


 人との関わりが薄かったせいか、それとも愛に飢えていたからか、カイザックのことを怪しい者だとは思いもしなかった。彼の言葉は全て信じ、嘘など吐かないと思い込んでいた。根拠など、ひとつもなかったというのに。


 彼は最初から優しかった。自然体で、一国の公子であるとは思えないほど飾らない態度が巧みだった。そのせいで、閉じ込められていた私にとっては酷く打ち解けやすかった。あの自然体に見えた態度や笑顔も、全て嘘だったのだと思ったら、妙に納得もいくのだから気味が悪い。けれど一番に気味が悪いのは、そんな彼を疑うことなく信じ続けた自分自身だ。


 吐き気を催しそうなほど気持ち悪い胸の中、どうにか途切れ途切れの息をする私に、リラは不審に思った声で問いかける。

「なに? お姉様、そんなに驚いたの?」

「い、いえ……その……」

 歩み寄り表情を覗こうとするリラから、後ろめたさで顔を背ける。エルサードで多くの人を殺し、皇女であった妹から居場所を奪ったゴレンの男と繋がっていたのだ。もう先程までのように目は合わせられなかった。


「変なお姉様。情報誌でも連日たくさんの記事が載せられていたのに、知らないまま今日まで過ごしていたなんて。よっぽど公爵家での生活が楽しかったのね」

「…………」


 リラの言うことは最もだ。特に楽しい日々を送っていたわけではないが、アダルヘルムと別れるためと言って、私は最低最悪の悪女を演じることに固執していた。高いドレスを買って散財したり、使用人に水をかけたり、露出の多い服を着て男の下心を利用しようとしたり……彼と別れるための行いに尽力していた。故に、情報誌を読むことは少なくなっていたのだ。

 リラが呆れるのも無理もないほど、私は他のことに必死だった。それも、今となっては無意味な行いに。


 リラの声に反応できず、自分を責める言葉ばかりに脳が支配される。すると、リラは嫌味を言う口調で続けた。

「まぁ、お姉様はよかったじゃない。アッヘンヴァル公爵っていう心強い味方がいて、死なずに済んだんだから。あ、でももう見放されたのかしら? 残念ね、フフッ」


 その言葉に、自分を責めていた思考は一時停止する。

「……味方?」

「ええ、だってそうでしょ? お姉様のことを、戦が始まる前に急いで自国へ引き入れたんだから。たった一度会っただけなのに、まさかそこまでお姉様のことを救おうとするだなんて思わなかったわ。同情でもしたのかしら」

「ま、待って!!」


 思わず声を上げると、リラのツリ目が丸くなる。

「何よ、大声出して……」

「アダルヘルムが、戦が始まる前に私を自国へ引き入れたって、どういうこと!?」

「アッヘンヴァル公爵が縁談の契約の際、十日でお姉様を寄越すよう言ったらしいって聞いたら、そうとしか考えられないじゃない。私よりお姉様の方が知ってるでしょ?」

 当たり前のように答えられ、続けざまに質問を投げかける。


「そ、それなら、『たった一度会っただけなのに』って、貴女は私とアダルヘルムがいつどこで出会ったか知っているの!?」

「知ってるに決まってるわ、私がきっかけなんだもの……というか、覚えてないわけ?」


 我も忘れ詰め寄った私から、リラは怪訝な顔で離れると、少し前から頭を悩ませていた疑問の答えを提示してくれた。


「お姉様、公爵と踊ったじゃない。私の招いたパーティーで」


 ――霧が晴れたように鮮明な記憶が蘇る。カイザックと出会うより前、まだ十五の私が、アダルヘルムと踊ったあの日のことを。

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