嘘
「その白髪……やっぱりお姉様ね」
怪訝な表情を浮かべて私を見つめる少女。見覚えのあるようなないような少女の姿から、記憶を辿る。すると思い出した。私の妹は、一人しかいないことを。
「貴女、ミ――」
「その名を呼ばないで。もう捨てた名よ」
迷惑そうに遮った少女は、今はリラと名乗っているのだと告げる。
「お姉様がヴァンガイムに嫁いだことは聞いていたけど、まさかこんなところで会うなんてね。その感じだと……もしかして追い出されたのかしら? フフッ、いい気味。貴族の常識も学んでこなかったお姉様には、公爵との結婚なんて荷が重かったのね」
嫌味を言うその声が、確かに何度か聞いたことのある、第五皇女の妹のものだと確信が持てた。自身の社交会デビューの日に、私をパーティーへ招いた妹だ。
「どうして貴女がヴァンガイムにいるの……?」
「見て分かるでしょ。エルサードの皇族殺しの連中から逃げていたら、ここに辿り着いたのよ」
「皇族殺し……?」
「知らないの? エルサードから逃げた皇族を根絶やしにしようと、ゴレンや他国の殺し屋が私たちを追っているの。見つかったら殺されるわ」
煌びやかに着飾っていた昔の姿は見る影もなく、平民に紛れやすい地味な服を着たリラは、事情をよく理解できていない私に説明する。
「逃げた先でエルサードだった土地の奪還や復讐を企てる可能性があるから、奴らはその可能性を潰そうと必死になっているのよ。お姉様は、アッヘンヴァル公爵のいる警備の厚いヴァンガイムで過ごしていたから実感は薄いのでしょうけど、逃げた皇族は既に何人か始末されたわ。残るは私とお姉様、そして第二皇子のお兄様だけよ」
皇族が何人か逃げたことは知っていたが、まさか皇族殺しなんてものが行われているとは思わず、唖然としてしまう。
「貴女は……よくここまで生き残れたのね……」
「フンッ、死んでほしかった? それはそうよね。私たちはお姉様を離れに追いやって、酷い扱いをしていたんだもの」
「そ、そういう意味ではないわ」
純粋な気持ちを口にしただけだったが、彼女には上手く伝わらない。
「私は騎士の一人に助けてもらったのよ。昔から懇意にしていたから、抜け道を教えてもらって……今は彼と行動を共にしているわ」
「そう……」
危機的状況に陥りながらも、昔と変わらないリラの自信に満ちた態度から、察することができた。リラが、その騎士と深い関係であるのだと。
「ここまで来るのは大変だったけど、彼がずっと傍にいてくれたおかげで、安全なヴァンガイムにまで辿り着けたの。この森には彼と過ごせる小屋でもないかと見に来たけど、お姉様がいるなら公爵の屋敷が近いということだし、別の場所を探すことにするわ」
「ちょ、ちょっと待って!」
言うだけ言って立ち去ろうとするリラを引き止め、話の中で気になったことを聞いてみる。
「さっきの皇族殺しの話……ゴレンも関わっているって本当……?」
「何言ってるのよ、当たり前じゃない。そもそも、エルサードへの襲撃はゴレンが発端なんだから」
「え……?」
迷惑そうに立ち止まったリラが何気なく吐いた言葉に、私の一時的に思考は停止する。
「ゴ、ゴレンが発端……? そんな、まさか……」
「エルサードの広大な土地を欲しがったゴレンが、他国に協力を仰いで襲撃を企てたことで、今回の戦に発展したのよ。その証拠に、エルサードから勝ち取った土地の大部分を、ゴレンが吸収したらしいわ」
リラの説明に、衝撃から息が止まる。
……知らなかった。ゴレンが戦の発端だなんて。カイザックは確かに『ゴレンも加担することになった』と言っていたが、そんな事実は教えてくれていない。寧ろ、仕方なく参加するかのような言い方だった。だから私は、ゴレンが発端だなんて微塵も思わなかったのだ。
「ゴレンの奴ら、エルサードの皇族を根絶やしにする気持ちが強いみたいで、他国に嫁いだ皇女たちも殺し屋を雇って殺させたのよ。私も助けてくれた騎士と命からがら逃げてきたけど、彼がいなかったら早い段階で死んでいたわ……。お姉様はよかったわね、守りの固い公爵がヴァンガイムに規制をかけてくれたおかげで、何事もなく安らかに生きられたんだから」
嫌味を言われても、呆然として何も返せない。辛うじて返せた言葉は、音にしてたった二文字だった。
「嘘……」
「嘘じゃないわよ」
けれど簡単に言い返され、更なる追い打ちをかけられてしまう。
「もしかしてお姉様、皇帝や皇太子の首を取ったのも、ゴレンの兵士ってことを知らないの?」
「っ……!?」
動揺からか、あからさまに表情が動いてしまったらしく、妹は呆れたように顔を顰めた。
「はぁ……お姉様ったら、つくづく世間知らずなのね。そうなった原因は私たちなのでしょうけど、なんだか申し訳なくなるわ」
背を向けかけていた体を改めて私に向き直し、リラは淡々と教えてくれる。
「ゴレンの兵士たちは、お姉様のいた離れから皇城に侵入し、用意周到に皇帝まで辿り着いたの。どういうわけか逃走経路も確保されていて、警備の薄い時間帯や何人かの使用人の顔まで把握されていたわ。把握されていた事柄は全てお姉様が関係していたことから、きっと皇帝も軽視していた〝忘れられた第四皇女〟の周囲を中心に作戦を立てたのでしょうね。あんな離れ、使用人や警備はいないも同然だもの」
リラの説明を聞いた瞬間、私の中でひとつの考えが過ぎった。命を狙われ必死に逃げてきた妹を、憤慨させるほどの嫌な考えだ。そして、その考えは妹の口から吐き出される。
「内通者でもいたのかもしれないわ」
冷気に関係なく体を冷やす私は、唇すら凍ったように動かせなくなる。
「あれだけ用意周到だったんだもの。城に内通者がいてもおかしくないわ。……まぁ、今となっては調べたところで無意味だけど」
目の前の姉をまるで疑いもしないリラが、目を伏せる。この波乱に満ちた数ヶ月を思い返しているのだろうか。私は、そんな妹の頭上を通り越して、遠くを見つめた。自分でもなにを映しているのか分からない、遠いどこかを。
頭の中には、次々と今までの記憶が流れ込んでくる。一人きりの孤独な日常、カイザックと過ごした短い日々、交わした会話、心の拠り所とした約束、アダルヘルムとの出会い……。
最後に私の頭に過ぎったのは、アダルヘルムの言葉だった。
『君はまだ、あの男が自分を迎えに来たと思っているのか』
いつか言われたアダルヘルムの言葉が、今になって突き刺さる。
いつも質問が多く、私の暮らしや他の皇族たちについて関心を示していたカイザック。自分のことは程々に、外の世界についてたくさん教えてくれた彼は、冗談や揶揄うことが大好きだった。愛を知らない私に、夢のような時間を与えてくれた。そんな彼が、誰も気にかけない私に近付き……迎えにくると約束してくれた冬より前に、戦が起きた理由……。
このとき、私は漸く理解した。
恋していた彼に、ずっと利用されていたことを――。




