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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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再会

 風が木々を揺らす音だけが、暫く響いていた。

「婚約を……破棄してくださるのですか?」

「……ああ」

 ティーカップを置き、改めて聞き返すと、アダルヘルムは少し間を置いて頷いた。


「あれだけ別れを拒否していたのに……」

「…………」

 なぜ今更受け入れるのかを問いかけようとして、やめた。きっと彼にとって私が必要なくなったのだろう、そう思うことにした。


「本当に別れてくださるのですね?」

「……君が望むなら、受け入れよう」

「私の望みは最初からそれしかありません」

「……そうか」

 私に向けられた強かったはずの眼差しは、いつしか髪の裏に隠れていた。そのせいで、彼の顔が上手く見えない。


「でしたら、明日にはここを出ていきます」

「行く宛てはあるのか」

「ありませんが、カイザックを殺した貴方の隣にいるよりは、何処だろうとマシです」

「……分かった。では明日の午後、教会に出向いて婚約破棄の届出を提出しておく」

「よろしくお願いします」


 わざとキツイ言い方をしたけれど、アダルヘルムの声色は変わらない。考えの読めない彼に苛立って、私は席を立った。

「……結局別れるのなら、もっと早く受け入れてくれればよかったのに」

 去り際に呟いたが、彼は何も言わなかった。


 部屋に戻り、荷物を纏めはじめると、彼の言葉を信じかけていた自分に呆れる。きっと私は、彼に何かしらの目的で利用されていたのだろう。それを成し遂げるため、別れたがる私を諌めようと優しく接したのだ。まんまと罠にハマったようで、彼の『愛している』の意味を何日も考えていたのが、馬鹿馬鹿しく思えた。


 あの寂しげに見えた瞳も、随分前に出会っているという過去も、彼が私を利用するために言った嘘なのだ。そう思ったら、胸の奥に重しが乗ったみたいに苦しくなる。

 私は、彼を信じたかったのだろうか。


 いつしか彼が言った、『俺は嘘はつかない』という言葉が頭に過ぎった。

「……嘘つき」

 裏切られたように感じて呟いた。元々彼を信じていたわけでもないのに……。


 妙なモヤモヤが胸に残って仕方ないのを、誤魔化すように荷造りを急ぐ。荷造りはすぐに終わった。ここに来てから今まで、私の荷物なんてものは無いも同然だったから。


 ――翌日、早朝のうちに支度を済ませ、部屋を出た。最低限の荷物を詰めたトランクひとつと灯りを持って、玄関扉を開ける。凍えるほどの風が吹き込んできて、息が薄ら白くなる。


 外へ足を踏み出すと、まだ朝日の昇らない暗い空に包まれた。そして門の前には、サミエルが立っている。

「……わざわざ見送りに来てくれたの?」

「はい。ナサリー様はまだ、旦那様のご婚約者様でございますから」

「つまり、私が婚約者でなくなったら、貴方はこんな風には対応してくれないということ?」

「……いいえ、そんなことはございません」

 律儀な彼へ嫌味を言ったのに、最後まで丁寧に返される。


「ナサリー様は旦那様の大事なお方です。貴女様がナサリー様である限り、私は敬意を忘れません」

「……意外だわ、貴方も変なことを言うのね」

「事実でございますから」

 門を開きながら言うサミエルは、私が歩くと頭を下げた。


「どうかご無事で、行ってらっしゃいませ」

「……もう帰らないわ。清々するでしょう? 我儘な女がいなくなって」

 私の問いに、サミエルはいいえと首を振る。その姿に、今更申し訳なさが込み上げた。


「……たくさん、迷惑をかけてごめんなさい」

 さようなら。最後にそう告げたら、彼はまた『行ってらっしゃいませ』と言った。まるで、私が必ずここへ帰るかのように。

 結局、見送りに来たのはサミエルだけで、アダルヘルムは来なかった。


 冷たい風に鼻を啜りながら、私は振り向かず歩いた。誰かの視線を僅かに感じても、歩を進め続ける。やがて門の閉まる音がした。

 見上げた空は星も光らない暗闇だった。道の先は何も見えず、これからの私の人生を映しているかのようだ。ずっと求めていた自由なのに、どうにも心は重いまま。


 けれど、とにかく先へ歩いた。歩いて歩いて、森の中へ迷い込む。時間は経ったのにまだ暗い。生い茂った木々が、光を遮っているようだ。

 早くも不安が襲ってきたとき、何もない小道に入った。持ってきた地図を広げ、辺りを照らしてみる。すると、すぐ傍の獣道からガサガサと音がした。


「誰――!?」

 咄嗟に声を上げてから、急いで口を塞ぐ。もし野生の獣なら、騒げば襲われる危険もある。

 緊張感から声を潜め、震える足も動かさず、静かに音の正体が姿を現すのを待った。


 そのとき、聞いたことのある女性の声が私を呼んだ。

「……お姉様? 貴女、お姉様じゃない?」

「……え?」

 獣道から現れたのは、亡くなった皇帝と同じ栗色の髪をした、ツリ目のキツい少女だった。

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