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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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救う理由

「……ナサリー、大丈夫か?」

 皇女が連れて行かれ、集まっていた使用人たちもサミエルの指示で仕事に戻り、アダルヘルムと二人になったとき、ようやく彼が声をかけてきた。皇女に対する態度と違い、彼の瞳は心配そうに私を見つめてくる。それが私の胸を強く締め付けた。


「……どうして、私を信じたのですか」

「…………」

「皇女様が怪我を負い、私の足元にナイフが落ちていたら、誰もが私を疑って当然です。それなのに、貴方はどうして私を……」


 段々と小さくなる声は、風の音で掻き消える。曇った空からはポツポツと、誰かの涙のような雫が落ちてきていた。


「こんな私なんて捨て置けばいいのに……評判の悪い最低な婚約者なんて、さっさと放り出せばいいのに……!! 貴方は私を救ってばっかり……!!」

「…………」

「私からカイザックを奪って苦しめたのに、こういうときは助けてくれて、無条件で私を信じたりする……貴方のことが全然分からないわ……!! 一体何を考えているの……!? なぜ私を助けるの!?」

「…………」


 何も答えない彼を前に、抑えきれなくなった感情が溢れ出す。次第に滲む視界は、空の涙と混ざって彼の顔をぼやかしてしまう。

「どうして……いつも、いつも……貴方は……」

 いくら考えても答えが出ない疑問を、再び口にしようとした。しかし、無言だった彼が静かに発した一言で、私の声は音を無くす。


「――君を、愛しているからだ」


 優しく抱き寄せられた体は、固くも温かい腕に包まれる。

「言っただろう。君を大切に思っている、と……。君の危機を救うのも、信じるのも、俺が君のまことの姿を知っているからだ。俺は、そんな君の全てを愛している……たとえ、君がどんな悪女を演じようと……」


 ……言葉は出ず、代わりに出たのは堪えきれなかった涙ばかり。そのまま、私は暫く啜り泣いた。

 恋する人を殺した、恨むべきはずの男の腕の中で。



 五日後、情報誌の一部にカロリーネ皇女の記事が載っていた。皇女の嫁ぎ先が正式に決定したことを、祝福する内容だった。ランドルオーネ帝国は、皇女の不始末をもみ消すことにしたようだ。

 嫁ぎ先は遠い異国の地。ランドルオーネとは文化も暮らしも違うが、それなりに栄えた国らしい。アダルヘルムのいるヴァンガイムとはかなりの距離があり、もう皇女が訪れることもないだろう。


 ある意味、これが一番の罰なのではないかと思う。 大きな覚悟を持ってここへ来た皇女は、恋する人に冷たく突き放されたばかりか、もう二度と会えないだろう地へ送られるのだ。恋に狂い、父親である皇帝をも亡き者にしようとした皇女への、酷く残酷な罰……。他に恋する人がいて、好きでもない男の元に嫁ぐ苦しみは、私もよく知っている。だからこそ同情し、私は皇女を憎めないままだった。


 それから暫くして、また新しい記事が載った。ランドルオーネ皇帝が病に伏せていたが、無事に快復したという内容だ。その記事を読んで、皇女の罪がもみ消された理由に察しがついた。

 皇帝はカロリーネ皇女を愛していたのだろう。だから、皇女のたった一度の罪を許したのだ。私と皇女の決定的な違いが顕になり、なんだか胸が痛んだ。


 私はあの事件以降、また部屋に塞ぎ込む日々を送っていた。利用しようとして逆に利用され、自業自得な結末を迎えそうになった自分が情けなく、悪女を演じることに限界を感じたのだ。

 いつかのように扉と窓を閉め切り、側仕えたちを追い出して、布団に包まった。夢でいいからと、カイザックに会いたくて眠りたくても眠れない日々を送るうち、目の下の隈は濃さを増していく。やがて気を失うように眠りにつき、少ししたらまた目が覚める……その繰り返しで一日が異常に長く感じた。


 そんな長い一日の中で考えるのは、大好きだったはずの人のことではなかった。夢で会いたいのはカイザックなのに、考えるのはアダルヘルムのことばかり。


 どんなに不利な状況でも私を信じ、いつも助けてくれる彼が放った『愛している』。意味が分からないと罵倒したくなる一方で、どこか納得してしまいそうな説得力をも感じてしまった。

 皇女との会話であった『意中の人がいる』という発言も、私のことなのだろうか……そう思わざるを得ないのが、私の気分を悪くした。


 あれからアダルヘルムが私を訪ねてくることはない。しかし、たまに様子を見に来るサミエルが、彼から私を気遣う言付けを預かってくる。そっとしておいてくれているのか、それとも私を側に置くための策略か、考え始めるとキリがない。


 私を愛していると言った彼の言葉の意味に悩んでいたら、本来縋りたいはずのカイザックとの思い出が朧気になってくる。その状況から、段々と自分に腹が立って、無理やりにカイザックのことを思い出そうとした。


 その意固地な思いが通じたのか、ようやく眠れたある日の深夜に夢を見た。カイザックを受け入れたばかりの私が、何気ない会話から、彼への想いを自覚する瞬間の夢を――。

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