悪女の終わり
流血表現注意。
「――え?」
分かりやすく困惑を表情に出すカロリーネ皇女は、アダルヘルムの顔を見上げたまま、先程の私のように固まった。そして絞り出すように「い、言ってる意味が分かりません……」と呟くと、アダルヘルムは縋り付く皇女の手を無遠慮に払った。
その冷たい態度に、皇女は慌てて彼に問いかける。
「私の対処とはなんですか……? 私、公爵に何かしましたか……?」
「俺ではなく、ナサリーにしているでしょう」
「い、一体何を……私はただ、ナサリー様にナイフで襲われて……」
声の震えがこちらにまで伝わってくる。私を疑っていた使用人たちも、主の強気な態度と皇女の動揺に異変を感じたのか、どよめきだす。けれどアダルヘルムが口を開きかけると、一斉に口を噤んだ。
「もう嘘はお止めください、皇女殿下。俺は、彼女が人をナイフで襲うような人ではないと知っています」
「嘘なんて吐いていません……!! ナサリー様は実際に、私を切りつけてきました……!!」
「では、ナサリーの犯した罪の責任をとって、俺が彼女と共に牢へ入ることにしましょう」
「なっ、なんですって!? 待ってください、私はそこまで望んでいません!!」
「……それなら、皇女殿下は一体俺に何を望んでいるのですか」
アダルヘルムの冷淡な言葉は、優しく純粋な皇女の仮面を剥いでいく。泣きそうになりながら、彼の瞳を優しいものに変えようと藻掻く皇女が、段々と不憫に映る。
「わ、私は……ただ貴方とっ……」
耐えきれず皇女が真の目的を吐き出そうとしたそのとき、アダルヘルムがピシャリと言い放つ。
「貴女がナサリーに協力していることは知っています。そして、それを利用して俺の妻の座を狙っているということも」
皇女の目は大きく見開かれ、唇はヒクヒクと震えていた。
「な、なぜ……」
「大して親しくもない者の屋敷に滞在すると言い出したのですから、嫌でも気付きます」
もはや皇族に対する礼節など意識するのをやめたみたいに、彼の言葉には刺がある。彼は始めから、私と皇女の仲を疑っていたのだ。
「そもそも、貴女が使者を数人引き連れただけでヴァンガイムに滞在することを聞いた時点で、おかしいと思っていました。ランドルオーネの皇帝は現在、生死を彷徨う病に倒れているというのに、皇女の他国への視察など許可するはずがありません」
「どうして公爵がそれをっ……!? 皇城内でも一部の人間しか知らないのに……!」
「貴女がこの屋敷に来る前に、ランドルオーネ皇太子殿下から、貴女の行方を探るようにと連絡を受けていました。皇太子殿下とは、殿下が留学で我が国に滞在している間、良い関係を築かせていただきましたから。貴女の行動は逐一、皇太子殿下に報告しています」
そんなっ……! と地面に崩れ落ちる皇女は、腕の痛みも忘れたように体中を震えさせる。私は状況が飲み込めず、何かを恐れるような皇女の姿を静かに見つめていた。
アダルヘルムは冷たい眼差しで皇女を見下ろす。
「――ランドルオーネ皇帝を手にかけようとしましたね、カロリーネ皇女殿下。皇太子殿下は、貴女のしたことを全てご存知ですよ」
彼の言葉で場が凍る。皇女の顔は真っ青で、絶望感が滲み出ていた。
「多量に摂取すると中毒となる薬草を、病に倒れた皇帝に飲ませたそうですね。聞けば、皇帝の意向で貴女の縁談が進んでいたとか……。皇帝が亡くなれば、縁談話を白紙にすることができると思ったのですか」
「だ、だって……私には公爵がいるのに……」
「その理屈は理解できません。貴女とはただの顔見知り程度の関係だと、俺は認識しています」
容易く突き放すアダルヘルムに、皇女は大粒の涙を溢れさせながら訴える。
「わ……私の送る手紙にはっ……いつも返事をくれたじゃありませんかっ……!!」
「あぁ……以前から頻繁に手紙を送ってくるのにも困っていました。申し訳ありませんが、仕事の都合上、返事はサミエルに代筆させていたのです」
「ひ、酷い……!! 私はずっと真剣だったのにっ……!!」
「貴女が真剣に想ってくださった気持ちは有難く受け取ります。ですが、貴女と出会ったときから、俺にはずっと想いの変わらない、意中の人がいます」
真っ青だった皇女の顔が、今度は白くなる。腕を流れていた血も固まり、死んでしまいそうに見えた。
「皇女殿下……ナサリーに妙な提案を持ちかけられても、貴女には拒否していただきたいと言ったはずです。それさえ守ってくだされば、貴女の身柄を保護することも厭わないつもりでした。ですが、そういう訳にもいかなくなりました」
「こ、公爵……違っ……私は……!」
「貴女の身柄はランドルオーネに引き渡すことにします」
「嫌ぁ――!!」
冷徹にも感じるアダルヘルムの発言で、ビリビリと耳を劈くほどの悲鳴を上げた皇女は、ついに限界値を迎えたらしい。白目を向いて、地面に倒れ込んでしまった。アダルヘルムはそんな彼女を大して眺めることもせず、淡々と騎士たちに運ばせた。
ただ目の前の出来事を眺めていただけの私は、滑稽にも映るはずの皇女の姿に、どうしようもなく同情してしまった。一つの恋が醜く終わる瞬間を、この目で見届けたからだろう。




