表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/38

信じる者たち

流血表現注意。

 アダルヘルムの乗る馬の足音が近付いてきている。本性を現した皇女は私の手を離し、馬の足音に耳をすませながら、吐き捨てるように告げた。

「ナサリー様ってつまらない人ですよね」

 一体どういう意味かと問いかける前に、皇女が続けてくる。


「なんだってする決意があると言うわりに、考える策は幼稚なものばかり。虐めたり罵ったり、我儘を言って癇癪を起こしたり……まるで幼い子供が親の気を引こうとしているようです。皇族殺害未遂の罰も甘んじて受けられるほどの覚悟すらなく、挙句の果てには使用人のことまで気にするなんて、ナサリー様って最後まで甘い人なのですね」


 冷ややかな声で発せられる言葉を黙って聞いた。何も言えなかったのだ。――図星だったから。


「貴女は結局、自分の身が可愛いのでしょう? だから悪女としてのあと一歩を踏み出せず、幼稚な策で『別れたい』と喚くのです」

「そ、そんなことは――!!」

 やっとのことで出した声は、皇女の深いため息で、またも喉奥に引っ掛かる。


「もうこんな茶番には飽きました。貴女が私に刺しかかって来ないのなら、私が代わりにその状況を生み出しましょう。そうしたように仕向ければいいだけなのですから……」

 皇女はそう言って、私の手を離しかける。その際、ナイフの先に腕を沿わせた皇女は、思い切り腕を引いた。皇女の腕から、赤い血が流れ落ちる。


「な、何をっ――!?」

 驚いて皇女から距離をとるが、皇女は余裕そうに笑っている。


「私はランドルオーネの皇女……既に落ちぶれた貴女と違い、高貴な身分です。そんな私が血を流し悲鳴を上げ、ナイフを持つ貴女と向かい合っていたら、皆にどう思われるか分かりますか?」

 まるで痛みを感じていないようにも感じる皇女に問われても、目の前の状況に唖然として声が出ない。すると、皇女は呆れたように鼻で笑った。


「ナサリー様……貴女って本当、可哀想にも感じるほどの世間知らずなのですね。つまりこういうことです」

 腕に大きな切り傷を負った皇女は、傷を見せつけるようにして言い放つ。

「誰も、貴女の言葉は信じない」


 ――その瞬間、甲高い皇女の悲鳴が響いた。

「ナサリー様っ……!! こんなことはお止めください!!」

 そんな皇女の声に群がるように、屋敷中の使用人たちが駆け寄ってくる。その中にはサミエルや、あのシェリーという使用人もいた。


「ごめんなさい……私のせいでナサリー様を不快にさせてしまって……!!」

 腕の傷を庇いながら、目に涙を浮かべ必死に謝罪する皇女。集まった使用人たちはそんな皇女に同情し、震える手でナイフを持つ私を、冷たく見つめた。

 皆が何を考えているか手に取るように理解できて、焦った拍子にナイフは手からすり抜ける。


 ナイフが地面に落ちたのと同時に、すぐそばで馬の鳴き声も響き、婚約者が帰宅したことを察した。馬車を降りてすぐのアダルヘルムが報告を受け、こちらへ歩いてくるのは早かった。


「ナサリー……」

「あっ……こ、これは……」

 私のすぐそばに落ちたナイフと、血を流し涙する皇女を静かに眺めた彼は、最後に無言の眼差しを向けてくる。皇女はそんな彼に縋りつき、自身の不憫を強調した。


「公爵っ……ナサリー様は悪くないのです……!! 私が全て悪いのです……!!」

「……何があったのですか」

「私のせいで、ナサリー様を怒らせてしまって……避けようにも上手く避けられず……」

 遠回しに私が刺しかかってきたことを告げる皇女の口角は、私にだけ見えるように上がっていた。アダルヘルムは黙り込み、腕に絡みつく皇女を引き剥がす素振りもしない。


 何を考えているか分からない彼の視線に耐えきれず、顔を伏せた。そんな私の耳に、使用人たちの声が流れ込む。

「あーあ……ついにやってしまわれたわ……」

「いつかこうなるだろうと思っていたけれど……」

 いつもの容姿に対する蔑みではない、呆れたような声だった。今まで彼女たちには何度も尊大な態度をとってきたのだから、当然だった。


 それなのに、たった一人、私を擁護する声が上がった。

「ナサリー様はこんなことしませんっ……!! まだ何があったか分からないじゃありませんか……状況だけで判断するのはやめてください!!」

 あの使用人、シェリーという者だった。シェリーは私の無実を信じているのか、疑いを晴らそうと皆に考えの撤回を働きかける。それこそ、私の無実など証明する術もないというのに……。


「シェリー、貴方だって見てたでしょう? 皇女様に対するナサリー様の無礼の数々を。あれを見ていながら、どうしてそう庇えるわけ?」

「そ、それは……」

 私を疑う者からの指摘に言い淀むシェリーがこちらを見て、目が合った。


「……ナサリー様が、本当は寂しいだけなのだと知っているからです」

「――!?」

 彼女の言葉に、思わず息が止まる。まるで私の本質を見透かしているかのような彼女に対し、動揺せざるを得なかった。


「寂しいって……ねぇ?」「おかしなこと言わないでよ」と使用人たちは呆れるが、シェリーは負けじと言い返そうとする。しかし、皇女の声がシェリーの言葉を遮った。

「公爵……どうかナサリー様を責めないで……!!」


 話を戻すように、皇女はアダルヘルムの体を揺する。

「この怪我は、私が避けられなかったせいで負ったもの……言わば自己責任です。だから責任をとるなんてことは考えないでください……」

「そういう訳にはいきません。このような事態になった以上、然るべき対処をする必要があります」

「あぁ、そんな……私のせいだというのに、ナサリー様を罰するだなんて……!!」


 淡々としたアダルヘルムの言葉に、わざとらしい悲哀の声を上げる皇女は、恋する人から呆然とする私に視線を移した。その声には、本性を知った私だけが理解できる、歓喜が混ざっていたように感じる。

 私は怯えた瞳でアダルヘルムを映すと、どうしようもない未来を悟った。


 ――あぁ、終わった。自由どころか、もう終わりなのだ。私の横暴を代わりに何度も謝罪するような責任感の強い彼が、この騒動を許すようなはずはない。きっと今度こそ私を見放し、婚約破棄どころか牢への幽閉を進言するだろう。そうなれば、確かに私は彼と別れられるが、孤独で無様な死に方をすることになるはずだ。


 彼と別れたいばかりに、権力も覚悟もある皇女を利用しようとしたのが間違いだった。そもそも、虐めで人を傷付けておいて、一線は超えたくないという甘い考えで『覚悟』を語ったことから間違いだったのだ。物語でよくある悪女の姿を真似しても、私自身の心は変わらない。

 恋しか知らない、未熟で幼い私の心は。


 静かな彼の瞳から目を逸らし、自分の遠くない残酷な未来を嘆いた。そして今更これまでの行動を悔いたら、この結果は当然だと納得させられる。

 空の上のカイザックも、今の私を見て呆れていることだろう。そんなことを思ったら、どうでもよくなったのだ。


「公爵……本当に、ナサリー様を捕らえるのですか?」

 追い打ちをかけるつもりか、皇女がアダルヘルムに問いかける言葉の真意は、『早く捕らえろ』なのだと察せられる。諦めの気持ちが勝る私は、棒のように固まった脚で逃げることも考えない。


「カロリーネ皇女殿下、何を仰っているのですか」

 だが、心して待っていたアダルヘルムの言葉は、私の想像していたものではなかった。


「俺が対処しなければならないのは、ナサリーではなく、皇女殿下のことです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ