一番の無礼
二人が食事を終えてから、私の部屋を訪ねてきた皇女と改めて作戦会議をした。こちらの考えを見透かしたアダルヘルムを、どうすれば別れを意識したくなるほど絶句させることができるのか……。少女らしいあどけなさが落ち着いた皇女と、意見を出し合った。
「公爵は、ナサリー様のことをとてもよく理解しているようです。半端な策では、貴女の思惑は見抜かれてしまうでしょう」
「……確かに、今までの行いは貴族としての素行の悪さを見せつけただけ……何をされても別れる気がないと豪語する彼には、このような策は効かないのでしょうね」
「ええ……なので、もっと人として嫌悪される行いである必要があります」
「嫌悪……」
皇女の瞳が、探るようにまっすぐと私を見つめてくる。それに応えるつもりで、私も皇女に強い眼差しを向けた。まだ諦めていないことを証明する瞳だ。
「それでは、次はさらに身の程知らずな姿を見せることにしましょう」
「どのような?」
そう問いかけ、再び信頼の笑みを浮かべる皇女に私は提案した。人として、嫌悪されるべき行為を。
*
「――皇女殿下の観光案内をしたい?」
「ええ。せっかくヴァンガイムに訪れたのですから、この国の魅力でも紹介しようかと」
「魅力を語れるほど、君はあまり外出もしていないだろう」
「少しくらいは語れます。私もこの国に来てから暫く経つのですから。なにより、皇女様は私に案内を求めているのですよ? 断る方が失礼ですわ」
「…………」
私の報告を訝しげに聞くアダルヘルムは、どうしたものかと悩んでいる。これを許してしまえば、公の場で私が皇女に粗相をすると想像しているのだろう。
しかし、最終的に彼はため息を吐くと、私が案内することを許可してくれた。自分も案内に参加することを条件に。
早速街へ出た私たちは、皇女に様々な場所を案内した。ヴァンガイムで一番に栄えた都から、漁業の盛んな港町、とある芸術家の出身である名物村まで、時間をかけて紹介した。……といっても、案内に関しては、やはり出身であるアダルヘルムの方が中心となっていたが。
そして皇女への観光案内は穏やかに進み、不審がる彼を余所に、予定通り終えることとなった。この時点でアダルヘルムの嫌悪を煽ることはなかったが、ここからが本番である。
私は、皇女と過ごす平和な時間に、突如として帳を下ろした。
「皇女様のせいですわ!!」
「キャアッ――!?」
人目も憚らず、庭の中心で皇女を突き飛ばした。何事かと現れた使用人たちに制止されながら、尻もちをつく皇女に、暴れる私は声を荒らげる。
「皇女様が貧民の子供なんかに優しくするから、私の評判が落ちたではありませんか!!」
「で、ですがそれは……」
「偽善のような真似はお止めください!! いい迷惑ですわ!!」
自分本位に叫ぶ私の肩を、誰かが叩いて振り向かせる。
「今度はなんだ……」
もはや何度目かも分からないトラブルに、疲れた様子のアダルヘルムが立っていた。私は事情を説明することなく、苛立った声でなんでもないと告げ、その場を去る。後は、突き飛ばされた皇女から説明してもらう手筈となっている。
私が新たに用意したシナリオはこうだ。観光案内の日、たまたま立ち寄った貧民街で、私は横柄な貴族らしく振る舞った。しかし、心のあたたかい皇女は貧民たちに優しく接する。そんな皇女に対して人々が好感度を上げる一方、横柄なばかりで同情すらしない姿勢の私を、人々は悪く吹聴した。それに怒りを感じた私が、皇女との良好だった関係をぶち壊し、身分制度の重視される社会でやってはならない過ちを犯す――。
自分より格上の皇女を堂々と虐めることが、私にとっての最低な行いだった。皇女も乗り気で、罰など与えるつもりはないから好きにしていいと言ってくれたので、私は思うがまま皇女を虐めることにしたのだ。
これには、さすがのアダルヘルムも何度か釘を刺してきた。皇女への無礼はあくまでも謝罪で済む程度に収めろ、と。勿論そんなことは聞き入れず、元皇女という立場で強気に出ることに徹した。
やがて、彼はまた何も言わなくなった。皇女に聞いても、丁寧に何度も謝罪しては屋敷を出るよう勧められるばかりで、婚約破棄に関する動きは特にないらしい。
側仕えにするみたいに、皇女に水を浴びせたり掴みかかったりもしてみたが、アダルヘルムは間に入って窘めてくるだけだった。皇女に対する行き過ぎた無礼を、窘めるだけで済ませる理由が分からない。
数日後、ついに皇女への虐めの種類も底を尽きて、私は頭を抱えた。公爵家の汚名となる女となんて、早く別れるべきなのに……そう想いつつ、別れたくない彼の思惑を想像しようと頭を凝らす。
そのとき、思い出した。
……そういえば、彼とは一体どこで出会ったのだろう。一度出会ったというのは、果たしていつだったか。
乏しい記憶を思い起こしながら、アダルヘルムのことを思い出そうとした。彼が私と別れたくない理由を知るには、それが一番効率的かもしれないと思ったからだ。
けれどそのとき、二人きりの部屋で悩む私を見つめていた皇女が、いつもより低い声で呟いた。
「……やっぱり、貴女のやり方じゃ駄目みたい」
「……え?」
その声に反応して顔を上げると、微笑みを浮かべた皇女が私を捉える。穏やかに微笑んではいるが、瞳が笑っていないのは一目瞭然だった。
「ナサリー様、次からは私の指示で動いてくれませんか?」
「皇女様の指示……ですか?」
「はい。きっと、私の考えた策なら公爵も動かざるを得ないと思うんです」
前のめりでどんな策か問いかけると、皇女は満面の笑みで告げた。
「――ナイフで、私を刺してください」




