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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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利害の一致

「つまり、ナサリー様が私に無礼を働く、ということですか?」

「はい。今はもう皇族という身分ではない私が、皇女様に対して行き過ぎた無礼を働けば、彼も責任を取らざるを得ませんから」


 なるほど、と真剣に話を聞いているカロリーネ皇女。作戦について、真面目に考えてくれているようだ。


「皇女様には暫く公爵家に滞在していただき、その間に私が数多くの無礼を働き、アダルヘルムの反感を買います」

「私はどうすればいいですか? 怒った方がいいでしょうか?」

「いえ、皇女様はあくまでも心優しい女性であった方がいいでしょう。無礼に対して心の広さを見せることで、反省もしない私との対比になります」


 皇女は私の提案に頷くが、でも……と申し訳なさそうに眉を下げた。

「……それだとナサリー様の悪評ばかりが広がってしまいますよね? 婚約解消のためとはいえ、貴女にばかり悪い印象を与えてしまうのは……」


 可愛らしく、そして儚げに気にする皇女に、私は自分の真の思いを告げる。

「お気になさらないでください。……どんな悪評が広がろうと、彼と別れるためならなんだってしてみせるという決意を、私は持っていますから」

「そんなに公爵と別れたいだなんて、お二人には一体何があったというのですか?」

「…………」


 何気ない皇女の質問に、思わず口を閉じる。話の流れで聞かれてしまうことは想定内だったが、カイザックのことまで話すのは抵抗があった。

 そんな気持ちに気付かれたのか、暫しの無音の後、ごめんなさいと皇女は謝った。

「ナサリー様の過去まで知ろうとするのは、野暮でしたね」

「……いいえ」


 微笑みを浮かべる皇女は、もう私の心を覗くような目をしていない。


「答えなくて結構ですよ。私としては、ナサリー様とこうして契約関係を結べたので、貴女の言いたくない過去まで知る必要はないのです」

「……お心遣いありがとうございます」

「とんでもない! 貴女が私の個人的な恋に協力してくれるのですから、無事に婚約解消できた暁には、いつか貴女が困った際、私が手を貸すことを約束しますね」


 利害が一致して親切な皇女に、深々と頭を下げる。頭を上げてから、気を取り直して皇女に向き合うと、私は話を元に戻した。


「実は、皇女様にはもう一つお願いしたいことがあります」

「なんでしょう?」

「アダルヘルムが、私と別れたがらない理由を探ってほしいのです」


 機嫌のよかった皇女の眉がピクリと動く。しかし私の真剣な態度から何かを察したのか、皇女もまた誠実に耳を貸してくれた。


「アダルヘルムは私の父であるエルサードの皇帝と迅速に婚約話を進めたのですが、皇帝が亡くなってからもこの婚約関係を維持しようとしています。何度も別れを提案しましたが、どんな理由があるのか、私の意思を無視してばかりで聞き入れてはくれません」

「……それで貴女の悪評ばかりが広がりつつあるというのに、公爵は何も動きを見せないのですね」

「彼は、この婚約は〝私にとって必要なものだ〟と言いました。それがどういう意味なのか、私には検討もつきません。彼にとってこの婚約がどんな意味を持つのか、それとなく探っていただきたいのです」


 皇女は少し考えてから、笑顔で了承した。

 こうして、私と彼女の契約は成立したのだった――。



 外出から帰ってきたアダルヘルムに皇女の滞在を伝えると、さすがの彼も驚いたようだった。無表情の仮面が剥がれ、困ったような怪訝な表情を浮かべていたので、新鮮な手応えを感じる。

 彼は皇女と私の繋がりを妙だと気にしていたが、手紙をきっかけに親しくなったのだと皇女の方から説明すると、渋々ながら納得していた。


 私と皇女は二人きりでの茶会を機に意気投合した、という設定のもと、数日間はただの友人のように過ごした。アダルヘルムに不審に思われないよう、最初のうちは目立った動きを見せない方が良い、と話し合ったのだ。そして、数日が経って友人関係に気が緩みはじめた頃、私の悪女としての素行が垣間見える。


「カロリーネ皇女殿下、そのドレスは……」

「あ……公爵……」

 屋敷の廊下で皇女とすれ違ったアダルヘルムが、その姿に唖然とする。恥ずかしさで身を捩らせながら俯く皇女は、用意した台詞を純情な態度で吐き出した。


「ナサリー様が用意してくださったのです……あまり着慣れないデザインですが、最近の流行りだからと……」

 まるで私に騙されたかのように彼の同情を買う皇女のドレスは、私がマダムミラーに作らせたものだ。派手で露出の多いデザインはそのまま、皇女のサイズに直し、人の良い彼女に勧めたという内容だった。


 隙間に隠れて二人の様子を見守る私は、手始めに行ったさり気ない失礼に、彼がどう出るかを観察した。


「その……私には似合いませんよね……」

「……そういう問題ではありません」

 呆れた様子のアダルヘルムは自身のジャケットを皇女に羽織らせると、深くため息を吐いた。

「皇女殿下ともあろう御方が、そのような格好をしてはいけません。なにより今の時期は寒いでしょう……」

 肌寒くなってきた気候を理由に気遣うと、皇女は嬉しそうに頬を染める。


「今後はナサリーの用意した服を着るのはおやめください。滞在中、着るものに迷うようなら我が家の使用人に申し付けてくだされば、相応のものを準備します」

「はい、ありがとうございます……」


 彼のジャケットに恋する乙女らしく顔を埋める皇女は、無愛想にも感じる敬語にすら喜んでいた。その様子を影から見つめる私は、皇女の言っていた話とアダルヘルムの態度が食い違っているように感じた。

「まったく親しげには見えないけど……」

 誰にも聞こえない声で呟いてから、再び二人を見比べてみる。


 頬を染めて幸せそうな皇女と違い、アダルヘルムの態度は高貴な身分の者に対する形式的なものだ。二人は仲を深めていたと聞いていたので、態度の違いに疑問が残る。しかし私は、真面目な彼のことだから世間体を気にしているのだろう、と自分を納得させ、次の手を考えることにした。

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