恋する皇女
「お会いできて嬉しいです、ナサリー様」
上品に微笑むカロリーネ皇女は、私の心を覗くように目を細める。気品溢れる美しさを醸し出す黒髪と、私とは似ても似つかない真っ白な肌が、相反する者だと象徴する。
歳はまだ十七だというのに、私よりも気品を帯びた佇まいだった。
「突然のお誘いだったというのに、快く屋敷に招いてくれてありがとうございます」
「……いいえ、こちらこそ」
ティーセットの並ぶテーブル越しに頭を下げれば、皇女はその大きな瞳を丸くした。
「驚きました。アッヘンヴァル公爵の婚約者は、悪逆非道で横柄だという噂がありましたけれど、噂は所詮噂ですね」
皇女はそう言って、淑やかに紅茶を飲む。
彼女からの手紙が届いたのは三日前。ちょうどヴァンガイムの都を訪れているので公爵家の訪問をしたい、という内容だった。今の私にとって格上である皇女からの誘いだったが、断ることもできた。しかし私は迷うことなくこの誘いを受け、アダルヘルムが不在の今日、訪れた彼女を客間に案内したのである。
「それにしても、まさか公爵の婚約者が貴女だったとは思いませんでした。……エルサード帝国の第四皇女、ナサリー様」
突如として切り替わる話題。皇女は目を伏せたまま、言葉を続ける。
「エルサードの第四皇女といえば、表舞台には一切顔を出さない、忘れられた姫だと言われていましたよね。私も何度かエルサードを訪れましたが、貴女のことを紹介されたことは一度もありませんでした」
「その節は大変な御無礼を……」
「いいえ、不当な扱いを受けていた貴女が謝る必要などありません」
親切な顔をして謝罪を拒否する姿勢は、心の広い優しい皇女のように思える。
「先日の戦の件も、残念でしたね……我が国と同じ帝国ですから、行く末を心配していたのですが……あのような結果に終わって寂しいです」
「カロリーネ皇女様にそのように言っていただけるなんて、亡き皇帝もお喜びになりますわ」
形式的な世間話にひと段落すると、ところで……と皇女は本題に入る。
「――貴女が公爵との婚約に前向きでないというお話は、本当ですか?」
これこそが、私が皇女の誘いを引き受けた理由である。
皇女からの手紙には、公爵との婚約は考え直すべきだ、と記されていた。理由は書かれていなかったが、それについて私とゆっくり話をしたい、と。その文面を見た瞬間、私は皇女を利用できるかもしれないと思い、彼と別れたいという本心を返事の手紙に記したのだ。
「ええ、本当ですわ。私としては、彼とは一刻も早く別れたいと思っています」
「まぁ……そうだったのですね。私ったら、貴女が公爵を愛しているのでは、と早とちりしてしまったようです」
「もしかして……皇女様は彼のことを?」
「ふふっ、分かりやすいですよね」
頬を薄く色付かせ、普通の少女のように照れる彼女は、私の知らなかったアダルヘルムとの関係を語ってくれる。
「公爵とは、我が国の軍事力を参考にしたいと皇帝である父に要請し、お一人でお越しになられた際に出会いました。私は国の案内を任されたのですが、恥ずかしながら、良い噂のない公爵のことを少し恐れていたのです……。ですが、公爵は噂されるような酷い御方ではなく、とても優しい御方でした」
乙女心を芽生えさせた美しい思い出を語る様は、奇しくも甘美に聞こえる。
「公爵は、女性に対して密かな気遣いを欠かさず、至らない私にも良くしてくださいました。そして、彼が我が国に滞在していた期間で、私たちは想いを通わせ合ったのです。残念ながら、数日で公爵が帰国することになり結ばれることはありませんでしたが、最近まで手紙のやりとりも続けていました。いつか……私は彼と結ばれる日が来るだろう、とその日を待ち侘びていたのです」
まるで自分とカイザックの関係のようだ、と思い耽る。そして同情したフリをしながら相槌を打つと、途端に皇女の声色が変わった。
「……だから、公爵が婚約したという話を聞いて、気になったのです。一体どんな女性が、彼の妻の座を射止めたのか……と」
「……皇女様?」
「私が求めていたその座を射止めた女性に、公爵のことをどう思っているのか、どうしたらその座を譲ってもらえるか……聞いてみたいと思っていました。もし話し合いが難しいようであれば、権力を利用することも厭わない覚悟で……」
ティーカップに触れる彼女の手が、僅かに力を込めるのに気が付いた。しかし、醸し出される異様な空気に息を呑んだとき、再び皇女の表情は穏やかな笑みを浮かべる。
「……ですが、安心しました。ナサリー様が公爵と別れたがっていると聞いて」
にっこりと微笑みを浮かべる彼女は、その黄金色の瞳で私を捉える。
「貴女とは、有意義な時間を過ごせそうですね。ナサリー様?」
一種の威圧である眼差しを受け、やはり、と私は確信した。
カロリーネ皇女は、私とアダルヘルムを別れさせたいと考えている。
彼と別れたい私と、別れさせたいカロリーネ皇女……驚くほど都合のいい登場人物に、私は余裕のある笑みで返してみせる。
「勿論ですわ、カロリーネ皇女様。アダルヘルムと結ばれたいという貴女のお望み、私なら必ず叶えてあげられます」
「まぁ……! 心強いですね!」
「ですがそれには、貴女のお力が必要です」
明らかにただの恋する乙女ではないこの少女を、利用しない手はないと思った。彼も思わず別れを考えてしまうほど、最低最悪の悪女を演出する材料として――。




